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2016年10月11日火曜日

洋服を持たない木村佳と、彼女の巡礼の時

***


ライトモティーフ… 歌劇など劇的な声楽や標題音楽において,登場人物や事物(剣,城など),概念(愛,死など)などを表現,象徴する動機。示(指)導動機と訳す。


***


神奈川に帰るべく新幹線に乗ってるのですが、今回はこだまで帰ってきました。

短ければ同じ新幹線でも2時間で行ける距離を3時間半かけて帰っているのですが、この時間がなんだか心地よかったです。



漫画ハチミツとクローバーでリカさんが

「みんなお金を出してこの何もしない時間を買うのね」
と言うシーンがあるんですが(突然寝台列車に乗っちゃったやつ)、まさにそんな感じ。



横浜に住んでいた頃よりも時間にゆとりはあるはずなんです。
少なくともスケジュール的にはとってもゆったりで、その証拠に京都に行くまでは愛用していたスケジュール帳も今はラックの端っこが定位置です。
しかしながら、ゆとりというかあそびというか、がなかったらしい。ーなんて気が付かなかったな。また忘れていたようです。


やること、と言っても主に家のこと(と練習)なので、外に出るって感じではありません。勿論外に出て買い物とかいろいろやることもあります。

神奈川に居るときよりも時間の進み方とか空気感はゆるい感じがするのに、日常がするするっと流れていく。
気がついたら京都に行ってから3ヶ月が経っていました。


喫茶店に行ってただ珈琲片手にぼーっと本を読む。
そうやって、ごくごくたまに、その何もしない時間(と珈琲)を買っていたのですが、最近やってなかったな。とか。
基本的に家の中に篭っていても別に大丈夫なインドア体質と一日中動き回っていても大丈夫なアウトドア体質をあわせ持つハイブリッド型なのですが、最近は前者が勝っていたようです。
なんか今日、ちょっと糸がふっと緩んだ。そんな感じがありました。


はんなりとはまだまだ程遠い。



この移動時間で、ここぞとばかりに本を読みました。
ちなみに今回のお供は村上春樹のエッセイと、カバンの中には伊福部昭の音楽入門。前者でだいぶ時間が終わってしまいましたけれど。
家でも本を読めばいいんですが、今のところそういった習慣が京都の家ではないようです。今までも主に電車の中だったし。
多分家でじっと本を読んでるのが落ち着かないのかな...

そういう意味では、今までとは違った意味で毎日働いているようで、これまでとは違う類の忙しさの中にいたように思います。(これからも?)



長時間の移動がわりと好きなのですが、その理由はやっぱり最初に出した「何もしない時間」、が好きなのかもしれません。
でもそれは、何かをする時間、があるからこそ、何もしない時間がたまに欲しいんですね。


あるいは、新幹線なり電車なり飛行機なり、閉ざされた空間で、自分の持ってきた限られたことしか出来ない。
途中で何か欲しくても、外からひっぱってくることは出来ない。
何かと制約がつきまとうようですが、それがかえって良いのかもしれません。

ときに人は、矛盾しているようですが、なんでも自由に出来る、満たされていることに不自由さの類を感じるんじゃなかろうか。
逆に制約がある、そしてそれがわかっている状況が、何かを変に期待しないからのびのびとしているのかもしれない。

ちょっと、音楽と似てるのではないでしょうか。(インプロヴィゼーションは違うけど。)
いわば、楽譜という敷かれたレールの上をいかに走るかっていうところでは、すでに音が決められている分制約があります。
でもその制約のなかでいかに表現するか、みたいなところでは、音色だったりそもそもマテリアル(道具)だったり、いろんな表現方法があるわけで。


有限の中に無限を見出す。


結局、これが(村上春樹の言葉を借りれば)私のライトモティーフなのかもしれません。


だからかな。
例えばあんまり服持ってないんです。家出てからなるほど確かにと実感しています。
ミニマリスト、というには持ちすぎているけれど、多分平均よりは持ってない気がします。
ただ、そうすると当然ひとつの物を短いスパンで酷使するわけですから、その回転はそれなりに早い。うーん、それってどうなんだろう、と思って夏物とか今年ちょっと増やしたりしましたが、やはり正直Tシャツとか早くも減らしたい。増員した分減らして定員に戻したい。
冬服に至っては衣装ケース1つ分+コートしか持ってってません。(実家にいくつかあるけれど、多分持っていったところで着ない。)

理由はいろいろとあります。
そもそも服に投資をしてこなかった。その分を違うことに使っていた、はあります。
では、お金があったら服をたくさん買って持っているのか?
たまに、稀にしか着ない服がいくつもあってもタンスに眠っているだけではもったいない。それでもその服を気に入ってるならまだしも、あまり気に入っていない服をたくさん持っていても気分が上がらないし、それで結局着ないなら意味がない。
更には数を持ちすぎて手入れが行き届かないなら、宝の持ち腐れ。いい服持っていても殺してしまっては意味がありません。

いっとき、毎日シャツとジーンズしか履かないようにしようか、なんて思ったこともあります。これ似合うのか、今日何着ようか、どれを買おうかっていうのかを考えるのがストレスだったんですね。思ったよりは見た目を気にしていたってことかな。
流石に思いとどまりましたけど、その時の理由は「それは数年後でも実践できる」。
ということで、もう少しファッションとやらを楽しむスタンスにしよう、と思ったわけですが、まあ極端ながらそのくらい選択肢が少ないほうがのびのびしている傾向にあるのかもしれません。(あ、でも今は服は欲しいです。数増やしたくないだけで。)


ということで結局何事においても、ある程度の制約の中で創意工夫と言いますか、こういうこと出来るんだ、って開拓していくのが好きなんだな。

でもちょっと矛盾してるかな、制約があるのは良いけど、それを取っ払いたい。引き伸ばしたい。とも思う。
例えば、稼ぎたい。
稼いだお金を次のやりたいことへ投資したいし、読みたい本を自由に買えるようになりたいし、不自由さを自由に変えたいとも思う。
練習するのだって、出来ないことで感じる不自由さを出来るようにすることで自由に変えている。

不自由というマイナススタートで良い。そこからプラスに転じたいんです。ーということかな。


自分の事に関して、うっすらわかっているけれどまだわかっていないことが沢山。

読書を通じその作者と対話する中で、自己を見つめ探していたら、3時間半なんてあっという間。
新横浜に降り立って、またスイッチをしばらく横浜モードにしたいと思います。
盆地モード(まだ構築中)は、また週末。


以上、村上春樹のエッセイを読んで何か感化されたKでした。
(文章下手くそだな、とも思ったりするわけですが、それもまた自分ですね。)




***

というのを、先日横浜に帰ったときに書きました。
なんか公開するのためらって、でもせっかく書いたからなーってことで今更公開です。

ちなみにこの時は京都→新横浜をこだまでしたが、かえってくる時(新横浜→京都)はのぞみで帰ってきました。
あっという間。一時間って大きいですね。笑
考える暇がそんなになかった気がします。

ゆとり世代だからかしらねえ。ゆとり、って大事です。

2015年9月8日火曜日

コンシェルジュは魔法使い?

全米オープンテニスですが、圭錦織選手が負けてしまった今でもばっちり観戦中です。
(合宿中に決着ついておった。。。)
個人的には久しぶりにフェデラーが優勝したところを見たい・・・!

どうも、錦織じゃないKです。


ナダルも負けてしまって、確かに番狂わせがあるから面白いんですけど、あ〜それでもやっぱりジョコビッチとフェデラーには残って欲しいっす。
・・・マレーは??w


 (゜゜)(゜゜)(゜゜)



さて、今回も前回に引き続き本の話です。
いずれもKindleで買ったので、ちょと写真らしい写真はないのですが・・・

コンシェルジュという仕事

先日、というかだいぶ前なのですが、NHKのプロフェッショナルで紹介されていた方で私と同じ「佳(けい)」さん、という方がいまして。

そういう縁というか共通点もあって、調べてみると書籍が出てたので読んでみました。



阿部佳さん、はホテルのコンシェルジュの方で、今は六本木にある某ホテルにお勤めです。
昨今、コンシェルジュという言葉が珍しくなくなりましたが、この「わたしはコンシェルジュ」が出版された頃はまだ世の中に知られる職業ではなかったようです。
(※2001年に刊行されたものを文庫化している為。)

十数年を経て出版されたのが、もうひとつの「ホスピタリティのプロを目指すあなたへ」です。


わたしはコンシェルジュ

一冊目の「わたしはコンシェルジュ」は、彼女が横浜のホテルにお勤めだった時に書かれていて、後者ホスピタリティのプロを目指す〜の方はつい最近出版されたばかりです。

コンシェルジュの基本姿勢として
「お客様の言うことが"普通"かどうかは問題にしない」というのが、コンシェルジュの基本姿勢
と書かれていて、明らかに(法的に)間違っているというようなことが無ければ、とりあえずはそれがそのお客様の正義なのだからまずはその方と同じ方向を向くのが最初なのかな、と。
自分は別の意見があってもいいと思うのです。ただし、それはそのお客様には恐らく関係ないし、お客様にはその人自身の正義があるわけです。

それを思うと、いろんなものさしに合わせられるモノを自分の中で持っている必要があり、様々な事柄に対して想像力を働かせる、いろんなことに好奇心を持って思いを馳せることが大事ですよね。


他に「なるほどな」と思ったこととして二つ。

良い演出をしなければ、いい役者にはなれません。
(中略)それは決して「誠実っぽく見せる」ということではありません。心からの本気の"誠実さ"を、しっかりとお客様に感じ取っていただけるように工夫するということです。

誠実に接しよう、とする時点で、(何も心がけないよりはいいのかもしれませんが)真の誠実さではないわけですよね。
反対に、誠実に接してるつもりなのにそれが伝わらない場合、何かが足りない場合がある。所作に問題があるのか、言葉遣いという点において"演出"が必要なのか...

与えられた役をどう調理するか、それは自分自身で考えるしか無い。(演劇においては演出家がいますが、そうではなく)
ここに、接客という仕事の工夫のし甲斐があるような気がします。あるいは仕事だけじゃなく、ただ人と接するときにもそうですね。


もうひとつ。
コンシェルジュはサービスのプロですから、アマチュアの雰囲気が漂う行為は喜ばれないのです。
これもやっぱり演出とかに関わるのかもしれませんが、具体的な例として、
(コンシェルジュの場合だと)お客様の前でイエローページを開くのもご法度。何故ってアマチュア臭漂うから。

正直、ただ仕事をこなすという一点だけで言うと、プロじゃなくてもすごい人っています。
ただ、決定的に何かが違う、なんだろうと思ったら、細かい所作とか、それこそさっきの"演出"とか、要は魅せ方(見せ方)でしょうか。
ただ立ってるだけでも「あ、この人すごいかも」みたいなオーラを醸し出せる人からは、アマチュアの雰囲気はないでしょう。

仕事そのものだけじゃなくて、トータルでの見せ方を考える必要があるなと学んだのであった...



「おもてなし」のプロになるには?

2冊めの「ホスピタリティのプロを目指すあなたへ」。

こちらは、こういう風に聞かれたらこう返してみては如何でしょうか、というようなわりかし実践的な意味合いが強いような印象ですが、そういった切り返し、というか言い換えっていうのは何も仕事じゃなくても私生活でも出来る人って素敵だなあと思うんですよね。
それを思うと、接客の仕事をされてない方でも一読の価値はあるのかな?と。


それこそ
コンシェルジュは余暇に使うお金が結構かかりますが、それは自己投資と考えて楽しめる。そう思える人が本物のコンシェルジュになっていきます。
という記述があります。
というのは、コンシェルジュの方たちお仕事に活かすべく休みの日に積極的に美術館やコンサート等外に出かけて情報収集をされるようです。
その際に、当然時間も取られますがお金だって取られる。

ただ、それをその後仕事に活かせるんであれば、しっかり働くために遊ぶってことだから良いのでは、って私は思うんですね。
・・・あれ?コンシェルジュ向いてる?(そうじゃない)


私達演奏家も、演奏の仕事の質をどうやって上げるかっていうのを考えると、練習は当たり前ですがそれ以外にも良い音楽を聞き、芸術に触れ、・・・っていうのは大事だと思うんです。
しっかり働く為にしっかり遊ぶこと。


そこのアソビの部分も楽しめるかどうか。
それを仕事に還せるかどうか。


「あ〜〜お金ないな〜」って結構言っちゃうんですが、それを犠牲、と取るのか投資、と取るのか。

積極的に投資をして、自分を高めていきたいものです。


読んでみて思ったのは、誰かを喜ばせたければ自分が喜んでいる体験を増やすこと、
誰かを楽しませたいなら自分自身が人一倍楽しむこと。
こうした体験を増やして、自分がやってもらって嬉しいなってことを他の人にかえせれば、それが良いおもてなしになるのかしら、なんて。


ただし、両方の著書で、阿部さんがよかれと思って言ったことが逆にお客様を怒らせてしまった、という原体験を紹介しています。これ、注意ですよね。

自分が「これやったら(言ったら)喜んでもらえるだろう」というのは、時としてひとりよがりな思い込みである場合もあるわけで、結局のところケースバイケース。
どのぐらい相手と同じ方向を一緒に見れるかどうか、ということにホスピタリティのプロになるコツが隠れてるのだろうか...


んー!結局難しいじゃん!!!


そのへんの見極めは、仕事だけじゃなく日頃の私生活なんかでも磨けると思うので、ぜひとも磨いていきたいところ。

そして一人の人間として周りの人を助けられる/喜ばせる人になりたいものです。



ということで、2回にわたって最近読んだ本を紹介してみました。
それにしても、佳だけでケイさんってまだ出会ったことがないので、お会いしたことこそないもののビックリでした。


以上、Keiはドイツ語圏に行くと「カイ」という発音になるらしい。
Kでした。

2015年9月6日日曜日

最近の本読み

8月末からすっかり涼しくなっちゃって、このまままた暑くなったりしなければいいなー。

ということでホニャララの秋を先取ろうとしているKです。
この秋ですか?ひとまず9月は、ボルダリングの秋、ランニングの秋、読書の秋、としたいところです。


・・・音楽(べんきょー)は?


( ´Д`)?


最近の本事情。
7月は旅行行ってたりしてあんまり読んでなかったんですけど。
(移動中も時差を考えて寝てばっかでした。)
8月はそれの反動なのかまあまあ読みました。

今回は、その2ヶ月でハマった松浦弥太郎さんの本を4冊ほど。


松浦弥太郎さんは、雑誌「暮しの手帖」の編集長をされている方です。
また、COW BOOKSというお店(本屋さん)もやってらっしゃるんですが、こちらはまだ行ったことないのでずっと行ってみたいなあと思いつつ行かぬまま今日に至ります。
今年中には行こう。


さて、その松浦さん。
少し前にもすごくハマっていたので、紹介したことあるかなあと思ったのですがどうやらなかったらしい。
(もしかしたら旧Blogではあったかもしれませんが。)


ということで、まずは今回読んだのをご紹介。
4冊あるので、それぞれの本の特に印象に残ったことだけを紹介していきます。
(いずれも抜粋ではありません。ご容赦ください)








世界を「仕事場」にするための40の基本

アメリカ人、フランス人、客家の人達から学んだことをご紹介、というような。
まずは英語はこの後の時代には必須。その上であともう1カ国、と説く松浦氏。
英語は自分の実感として絶対に喋れたほうが良いし、そういう需要は(オリンピック等の追い風?もあって)確実にある。と、同氏。


なるほどなと思ったことの中に
(フランス人から学んだことのくだりで、)
十分なヴァカンスをとるだけの環境は、自分で獲得すべき。
ということ。
確かに、勤勉というのは大事なことですし、そのへんのひたむきさや真面目さは是非フランス人よ、学べ!!などと思ってしまうのですが、その一方で頑張りすぎてしまう、あるいは効率悪くて休めなくても自己犠牲の精神を持ちだしてしまいがちになっている日本人。
そういうのを思うと、実際自分がフランスに旅行とはいえ行ってみて思ったのは、もう少し抜けるところは抜いてもいいのにな、等と思ったりするわけです。

無論、だからといってフランス人の働き方をただコピペするように真似すればいいというわけでは有りませんが、それぞれがもう少し力を入れる、あるいは抜けるポイントを的確につくための仕事の仕方というのを模索できるんじゃないかな、て。


お次。

本当の味方のつくりかた

味方、と聞くと友達であるとか、他人をどうやって味方につけるかというふうに見がちですが、彼は内側の味方と外側の味方と二つにわけて説明していきます。
外は勿論自分以外の他人で、内側は、自分自身です。

習慣、も、"味方"という考え方をします。
既に持っている味方として紹介するのですが、例えば日曜日には翌日の仕事に備えて深酒をしない。夜更かしをしない。そうすることで、月曜からもトップスピードで仕事に向かえる。
そういう習慣をつければ、例えばその健康を気遣うという習慣が自身の味方になっていく、というわけです。

外側の味方の話の中で面白かったのは、「人を"1冊の本"だと思う」。ということ。
その心は、
こちらから開いて、読み進めれば、必ず何かを教えてくれる。
何もしないのに教えてくれるということではない。
・・・ですって。待っていればあちらから来てくれるということはないのです。

なんかそう思って接してみれば、最初つかめないなあとか、この人感じ悪いなあとか思っても、もしかしたら自分から寄ってみればそんなことないかもしれないということかもしれませんね。


3冊目へ。

センス入門

レッスンとか、そうじゃなくてもいろんなところで「センスがある」「ない」なんて話になったりするわけですが、そもそもそのセンスってなんだ?と思いまして。

センス=感覚、
が単純に和訳したことだと思うんですが。

彼は
センスは、選ぶ、もしくは判断すること
だと説きます。
確かに、例えば「その服、センスいいですね!」ってそれは数多ある服の中から選んで、「良いな」と判断したからその人が着ているわけで。
それを思うと、センス=選ぶor判断することというようになるのでしょうか。

なので、演奏とかも、
「その表現はちょっとナンセンスじゃない?」ってなると、チョイスをすべきものが違うのでは、というカイシャクに、・・・なるかもしれない。
ま、練習って勿論技術を上げるとかそういう側面はありますが、音楽的な部分を磨くってことになると、どうやって磨くかって、これは有り、無し、これがいいってチョイスを見つけ出して選択することのように思う。

なーんて思うと、みんな、センスって大事。


ラスト。実はこれ読み終えた順に紹介してるので、4冊の中ではコレを一番最初に読んでました...

もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある

今私は24歳で、来年がその25歳。
個人的に「5」という数字が好きなのでっていうのも少なからずあるとは思うのですが、ひとつ節目になると思うのです。

大学を卒業するから、というのも少なからずありますが、何故か高校生の頃23歳か25歳あたりで人生の転機かそれっぽいものがあるだろうという予測をしていて、まああってもなくてもどっちでも転べるように今から準備しとこうかな、って。

(それこそ今回紹介した最初の本に「準備のないところでは、幸運もリスクにかわる」と書かれていて、だったらピンチをチャンスに出来る準備をしておこう、というのが魂胆。)


その準備の一つとして、肝に命じたいことが。
言葉遣いは、心遣い。

・・・Blogをご覧になってる方だとわかると思うのですが、・・・いや、実際に私をよく知ってる方だとそれはもうご存知だと思うんですが、多少の使い分けはできるものの言葉遣いが荒いんですね。

別に普段気のおけない友達と会ってる時とかはそんなに気をつかわないでも、って思ったりするのですが、そういうのってふとした瞬間に出るじゃないですか。

・・・日常生活レベルで見なおしたほうがいいのかな、て。


今の私のこの感じが好きだよ☆と言ってくれる方もいると思うんですが(有難い限りです☆)、そういう側面を持ちつつも、やっぱりちゃんとするところはちゃんとしないといけないなというのが最近の思い。
もっとも、仕事中に出したりはしませんけれども、ただし、言葉にしないだけで態度に出ている可能性は否めない。

ということを考えると、普段から語彙のチョイスについて、あるいはしゃべり方について気をつけたほうがいいんだろうなあ。
言葉遣いから透けて見えるものって分かる人にはわかっちゃうし、そういうしゃべり方について磨きをかけることで内面も表面も変えていけるかなあ、て。

・・・いや、じゃあ突然金髪にしますみたいなそういう話でもなければ、突然軽井沢夫人みたいな(どんな?)、優雅系になるわけでもないですけど・・・
ていうかそれ今やったらタダのコスプレですから・・・


読書ノートを読み返してこれ書いてるのですが、一番最初に読み終わったこの本をまた読み返そうかなと思ってます。。。
ああ、耳が痛い...


以上、読書の秋はまだまだこれから!Kでした。


2015年6月22日月曜日

外食2.0

演奏会とか、人の演奏とか聞いて感想を求められた時(めったにない。)や言葉で表現しようと思った時に気にしているのが。

「上手い」という言葉をやたらめったら使わないこと。

だって別に上手いって人によって基準違うかもだし、何より上手いって聞いても全然イメージ湧かないし。
コレ以上便利なようで不便な言葉って無いように思う。

どうも、ピーコです。

間違えた、Kです。

あと最近気をつけてるけどついつい使ってしまうのは「面白い」。
演奏に関して面白いって、一見上手いを使うよりいいじゃんって思うんだけど、結局何がどう面白いのか言葉を足さないと全然わかんないじゃんね。


φ(*'д'* )


久々に、ここ最近で読んだ本の話とか。




去年の9月頃からラジオ局はJ-WAVEのWACODESなる大学生・専門学生の団体にいるんですけども、その仲間と共に先日下北沢に行ってきたんですね。
カレー部なるものの活動で、要は仲間とカレーを食べに行くってだけなんですけど。笑

そのカレーの帰りにB&Bというおしゃれ~な本屋さんにみんなで行って、その時に買ってみたのがコレです。


最近増えたなあ、外食。と思いましてね。
高校生の時はそりゃお金がないっていうのもありますけど、それにしても最近増えたなあと。

そしてせっかくなら美味しいもの食べたいじゃないですか。
なにもお金出せば必ずしも良い!というわけじゃなくて、(値段が)低くても良い飲食店はたくさんある。

ただまあ・・・
先日、某ファーストフード店のポテトをすっごく久しぶりに食べて、「こういうジャンクなのってたまに食べると美味しいんだよね」と思いつつ、翌日も食べてみたんです。
(たまにじゃないじゃん。笑)
今度はバーガーも一緒に。


・・・なんか違ったんだよねー。。。

前日に食べた時はかなり空腹だったから良かっただけなのかもしれない。
よく食べてみると「あれ?なんか美味しくない・・・ちょっと苦い?」なんて思ったり。


舌って毎日美味しさを更新してるんだなあ、と実感したのでした。


さてこの本。(ようやく本題)

リーマン・ショック以降増えてきたという「バル」っていう形態を紹介しつつ最近の飲食業界の話、外食2.0というタイトルにふさわしく?、SNSの台頭に見るコミュニケーション・メディアとしてのレストランという話。

最後の話(コミュニケーション〜)だけ少し話すと。
レストラン(飲食店全体を指してそのように言うことにします。)は単にお腹を満たすだけのものではなく、ブロガーやブログを持ってない人でもSNSで「ここに来ています」「こんなもの食べてます」って写真を撮ったり発信することで、立派な情報になり得る。
そしてシェフ(作り手)側がそれに気がついた時、最近では「こんな食材仕入れました!」「今日のメインはこれを使ってなんとかのソテー!」みたいな、今までだったら厨房の中でのみ展開されていたものを、フロアを飛び越えてお店の外にまで発信するようになった。

これにはなんというかいい面と悪い面があるなあというのは言わずもがなで。(何事もそうですわな)
食材は情報であり、料理もまた情報であり、それを発信することでお客さんと交流をはかれるとしたら、料理は立派なコミュニケーションメディアになる。

ただ、私の思う悪い面は、それっていうのはある意味手品師が種を明かすようなものなので、それってどうなんだろう?と思う部分はあるわけです。



最近増えてきたというバルはお店面積も大きくなく開業資金も少なく済むし、キッチンもお客さん同士の距離も近く、シェフがダイレクトにお客さんのリアクションを見ながら料理出来るっていうそういうレストランもあっていいと思うんです。
一方で、それこそ本格フレンチであるとか、ある意味「よそゆき」のレストランも必要だと思うんですよね。
おめかしをして、特別な日に食べに行くレストラン。てやつ。
(まあ、そのおめかしして行くレストランがSNSで情報発信してお客さんとコミュニケーションとってる場合だって勿論ある。なので、お店の大きさ=手軽さとは限らないが...)

でもこのままバルのような手軽なレストラン的なものが増えて本格派みたいなものが店を出しにくくなると、ちゃんと修行してきたような人達は海外へ流出してしまうんじゃないだろうか。という著者の危惧も。
つまり、先ほど言ったおめかしして行くレストランがなくなるんじゃって話ですね。


ただまあ、この本自体が2012年に発売なので、この話はもう3年前。
3年もあればまたいろいろと状況は変わってるのでしょう。



この本は他にも純粋に「美味しいとは」という話、(出版当時の)外食業界の最前線の話、日本人が拓く外食の可能性の話、バルとガストロノミーが近づく?なんて話もあります。

そう、著者の方が安易に「美味しい」とは言わない、って話もあって。
ライターとしては当たり前なのかもしれませんが、最近やたらめったら美味しい〜とか書いてあるメディア結構ありますよね。
あーいうの見る度、(プロとしては)雑だなあなんて素人ながら思ったりしています...

が、この本。
読んでたらほんとにいろんなところに食べに行きたくなります・・・

ということで、皆さん、誘ってくださいな!!!!(ってそこに行き着くのかよッッ!!!!)



肥えろ、私の舌!私の耳!(み、み!?)

以上、食いしん坊犯罪!Kでした〜


最近は撮るよりもさっさと食べてしまうのですが、これはちょっと見た目が面白かったので撮ってみた。
表面のパリパリとしたものの下にとろっと卵を包んだメレンゲがあり、ソースと絡めて頂きます。

2015年3月2日月曜日

ほんのすこしだけ

3月になりました。

皆様御機嫌如何ですか。・・・漢字が並びまくってますね。
「佳」は広東語か北京語で「ガイ」という発音らしいです。どうも、GuyではなくガールなKです。

が、・・・る?汗



ちょっとだけ本の話。
(ほんの、とかそういうことじゃなくてさあw)

学歴社会?


先日、父から「読んだ?」と聞かれて、興味あるけどまだ買ってないと言ったら珍しく買ってくれた本。ズバリ「『音大卒』は武器になる」。




この著者の方は武蔵野音大の職員の方で、元々は銀行マンだったそう。ーという、いわば音楽とは無縁?のところの人だからこそ、「こういうところが素晴らしいじゃないか!」と。

ちょっとそれは誇張し過ぎじゃない?美化し過ぎでは?と思う点もあったのだけど、しかし今の音大生は自分がやってることはこういうふうにも取れるわけだし、このぐらい「どや!」といかないと、恐らく就活では「嬢ちゃん坊っちゃんの冷やかしに付き合ってらんねーんだよ」という扱いをされるかもしれないんじゃないかと思ってます。(別に経験したわけじゃないけど、多分音大生=嬢ちゃん坊っちゃんのお稽古事の延長、っていう見方は多分いまもなお残ってるんだろうな、と)
それに多分、音大生の先生(上司)に対する忠誠心みたいなのは、多分そんじょそこらの大学生に引けを取らないと思うので、もしこれを見てる人事の方がいたら是非、音大生を積極的に採用して頂きたい。w

内容もそんなに難しくないしすぐに読めるので、音大生で就活をする人、そうじゃない人も一読してみると良いかも。
まあでもプレーヤーになりたいなら、これよりは「Beyond Talent」をおすすめしますけど。


ちなみに音大生が普通の社会人になった例として、SONYの故大賀氏の名前が出て来ますが、彼はある意味成り行きで?会社員になったというか・・・
まあそのへんの経緯は彼の「私の履歴書」をおすすめします。これ、面白かったです。



ただしこの本、絶版?なのが悔やまれます。
うちの大学の図書館にはありませんが、横浜市の図書館にはあります。何せ私が借りましたww 興味ある方、是非。





オオキさん、「はじめに」から差別化図ってます。

デザイナーとして世界中を飛び回り、差別化をするにはといつも考えているらしい(ほんとか?w)、佐藤オオキさん。
「週刊ダイヤモンド」の連載を書籍化したのが、この「問題解決ラボ」。



この方の本は「ネンドノカンド」から読んでるんですけど(エッセイにしては高めwですが、面白い。損なし。)、本当にこの人インテル入ってる。
頭のなかどうなってるんだろう?と思っていたら、最近テレビで取り上げられたりとかして。プロフェッショナルは見ました〜。(ミーハーか!)
今だいぶキテる!なデザイナーさんです。


まず書くのがお上手。
すごい面白いww で、凄いことやってますっていうのをさらーって書いてるから、さり気なさすぎる。笑
更に、ちょっとした自虐っぽさで落とすので、「自分のマイナスポイントをもきちんと伝えること」でコミュニケーションを図っている・・・!?
うーん、恐ろしい子・・・!(月影先生ちゃう)

そしてその上手な文章力を駆使して伝えたいことっていうのも、実に着眼点が面白い。
でも、切り口が新しいだけで、結局は至極当たり前な(しかし見失いがちな)事を言ってたりする。

たとえば、本の中で

「ありそうでなかったもの」をひらめくことが目的ではなく、それはあくまで手段であり、本来の目的は「隠れたニーズを引き出す」こと。

というような話をしていて、でも最近どこか奇抜で、あるいは奇をてらったようなことをすることに走ってないか?とか思うことがしばしば。


この方のインテル入ってるの秘密は(インテルちゃうって)、多分「フィルター」なんでしょう。
よく、「アンテナを張る」ことでいろんなものをキャッチ!とか言うけれど、この方の場合はむしろ日々同じようなサイクルで同じようにストレスなく過ごしているからこそ、小さな引っ掛かりに気がついて「おや?」ってなるんだとかそうじゃないとか。

まあアンテナにせよフィルターにせよ、やはり何かをキャッチするという点では変わりがないので、どの方法がいいかはあなた次第・・・。


この本、2015年のヒット2発目です。(1発めは朝井リョウさんのエッセイ。)
頭がきもーち柔らかい人におすすめです。

・・・でも物腰やわらかくて、空気の含有量多めな柔らかヴォイスをしてるからって読んだら、実は結構アツい人なのでは?と思うところもチラチラと。
うっかりやけどしないように注意です。(なんか古いよ)


以上、実は「はじめに」が実は一番クリーンヒットだったKでした。
とりあえずはじめに、読んでみてください。こんな書き出しのビジネス本、見たことないってばよ・・・

2015年2月18日水曜日

マニアック読本?

ある人は、Kに言いました。

「なんていうか、キミはマニアックなんだよね」。

どうも、テレビっ子疑惑プンプンのKです。

なんていうんでしょうねえ、好きになったことをただ突き詰めたいだけなんですけど、さすがにこの本を読みながら、私はなんていうかマニアックなのかもしれないと思って。



ズバリ、いろんなドラマで名脇役(=バイプレーヤー)を演じている俳優さんたちに1冊かけて迫っていくぜ的な本。
いるじゃないですか、あのドラマでは脳天気かつポケっとした人だったのに違うドラマでは厳しい父親役、みたいな人、そういうやつ。

最近だと滝藤賢一さん(半沢の同期の近藤さんですね)とか松重豊さん(今月9で主人公の父親やってますね)、女性だと吉田羊さんとかよく見ますよねえ。
昔からよく見る人だと小日向さんとかそうですよねえ。HEROの末次さん。


どういう経緯で俳優になりましたっていうのを語る人、あるいはライターさんが記事を書いて「この役者はこれこれこーいう経緯で舞台から映像にうつった」みたいな話とか。
大泉洋さんとかも浪人して大学入ってみたいな紆余曲折があったし、TEAM NACSの面々は留年したりとかしてるわけでw
それを思うと、むしろそういう一見無駄なんちゃう?ていうのが後々どうなるかわからないものだななどと思ったりするわけです。


俳優さんたちの、さっきのドラマではこういう役で違うときには正反対の役柄を演じてたりするわけで、それに近づくためのアプローチとか、実際にやっているのを見ると、音楽に通ずるものがあるんですよね。きっと。
例えばベートーヴェンやった次にプーランクやるとしたら、全然違うと思うんですよね。
その作曲家の住んでいたところやその時の演奏法も違うし、その時良しとされていて作曲家が「うむ、これでいくべや!」と思ったものも違ったりするわけで・・・

もっとも、ベートーヴェンとプーランクならただやるだけでも全然作風が違う(ってまあ別人が作ってるからね。)、ていうのは誰が聞いてもわかるけれど、演奏者によって当然出てくる顔が違うわけで。
「この人がこの曲やったらどうなるんだろう」って言われる人になれたら、良いなあとか思っていたら、それに類似することがやはり書いてあったので、やっぱり根本は一緒なのかもなあと。

なんていうの、「あれ、この人ってこういう音も出るんだ!」「この楽器てこういう音楽も出来るのか」みたいな。
(演奏会の)プログラムを見た時に、「こんな曲やるんだ!意外だけどどうなるんだろう!」て思わせたら、こっちのもんですね〜。

それを思うと、主役みたいなことやってるくせにバイプレーヤーみたいな、多彩な顔を持ってる人になりたいですね。
(最も、主役をバンバン演る人でも多彩な顔を持ってる人はたくさんいますが。)

ちなみにこの表紙の戸次重幸さん。
すいませんこの本読むまでずっと「HEROで吉田羊さんの離婚した元旦那の弁護士やってた人」でした。長い・・・


以上、ドラマはわりと見るけどワイドショーとバラエティは全然見ないんですよねえ・・・ Kでした。
ってことで、テレビっ子でなーーい!!!w

2014年12月30日火曜日

チーム・ブライアン

2014年が終わろうとしています。

ここまで来たらもうさっさと終わってしまえ。そして2015年よ、来い!!という意気込みでタンスの整理とかしてました。Kです。コニチワ。

ちょっと前に実は国外逃亡(という名の旅行)もしたので、その旅の話もちょっとできたらいいなあなんて思ったりするのですが、写真は実は別のsaxofocusに置いてあるので(まだちょっと増えます)、そちらも合わせてご覧頂けたなら。


♪~ <(゚ε゚)>


今年は全豪オープン(テニス)に始まり、オリンピックに全仏(テニス)、ワールドカップ(サッカー)と全英(テニス)が被ってあーら大変という時期があり全米(テニス)、ちょーっとだけブンデスリーガ(サッカー)見つつツアーファイナル(テニス)あり、アギーレジャパンをちょいちょい 見・・・

はい、スポーツ観戦がとてもおもしろい1年でした。笑


それもあってか、読んでる本が最近は特になのですが、スポーツ系が多かったかもしれません。
・・・いつものことかな。笑


最近読んだ本だとコレが面白かったかな。




フィギュアスケートを御覧の皆様ならきっとお馴染みのお名前でしょう。「ブライアン・オーサー」。
キム・ヨナ選手を金メダルに導き、続いて羽生選手も金メダルに導いた名将。

でもてっきり、もうコーチとしてすごくキャリアがあって的な方なのかと思ったら、キム・ヨナ選手を教えるまではプロスケーターとしてショーで滑る傍ら教える、みたいなそういう感じだったんだそうな。


こういうのに食いつくなんて、ミーハーだなあ・・・(-∀-)て感じかもしれませんが(まあ否定はしないよ)、意外と読んでみると面白い。
私はフィギュアスケートについてはそんなに詳しくないので(ジャンプはアクセルか否かしかわからん。)、もしかしたら羽生ファン(ユズリストっていうんでしたっけ?)とかにはもう既にそんな話知ってるよ!のオンパレードかもしれませんが、実際この本の中身は羽生選手よりもキム・ヨナ選手の話が多くを占めている気がします。
(あとはブライアン・オーサー氏が選手だった時の話。)


キム・ヨナ選手はこう育てた、ハビエル・フェルナンデス選手はこう、羽生選手は、とそれぞれこういう人だからこういう風にしました、という処世術?!みたいなものとかもあったりとかして。


この本で今の自分に一番勉強?になったのは、「ピーキング」や力配分の話。

力配分・ピーキング

いくら試合だからということを考えても、ユヅルは演技中に落ち着きがなさすぎた。すべて全力すぎるのです。
(中略)
全ての要素を全力で演じ、ずっとドラマチックでなくてはならなかったのです。
これではジャッジの方も息がつけませんし、どこが見どころなのかボケてしまいます。

これ・・・ そうなんですよねえ、私もあったなあ・・・ いや、今でもあるなあ。笑
抜くところは抜かないとって話なんですけど、なんでかなあ若いんだよねえ。笑

見どころ(聴きどころ)をボカさないためにも、抜くところを作るのは必要だなあというのは、音楽でもこういうフィギュアスケートでも、やはり「魅せる」(あるいは見せる)事を大事にする事において、欠かせないのですね。


というのと、ピーキングについて。
ピーキングて、要はどこにピークを持ってくるのか、・・・平たく言うと(心体共に)コンディションをどうやって整えるか、みたいな話になると思うのですが。

羽生選手は、それこそメディアに「今、試合前の公式練習で、・・・」みたいな感じで逐一報道され、やれジャンプ跳んだの着氷がどうのって練習の時点で注目が集まるわけです。

私も前までこの報道に踊らされて?ましたけど(とかいえあんまり気にしてないんだけどねw)、正直練習で着氷出来ても本番で出来なかったら意味ないわけで。
逆を言えば、練習でダメでも本番で出来ればいいわけです。

羽生選手はいつでも完璧じゃないといけない!があるから、いつでもどこでも着氷しなきゃいけない!!ていうのがあったのかと。

「練習で出来ないことが本番で出来るかッ!!」ていう言葉が聞こえてくるからってことじゃないかと思ったりするんですけど、但しその練習で、(本番の為に)わざとピークを落としている可能性もあるわけで。ていうのを知ったわけです。

だからその「練習で出来ないことが(以下略)」ていうのが、必ずしも当てはまらない場合もあります。
ま、さすがに練習で1回も出来なかったら本番でも多分出来ないけどねwwんふふふふ!w


ちなみに私自身この1年(でもないか?)、何回やっても出来るようにと思って、出来るようになってもまた出来るかどうかの確認みたいな、過去の自分なら「無駄な練習」と言ってるものをやってみたりもしましたが、やはり私にとっては無駄でした。。。

似たような話で、試合前の6分間練習で(大技とか)成功したら安心するタイプ、 成功すると油断しちゃって本番ポシャるタイプといます、みたいな話もありました。


そして私は確信しました― 本番前にうっかりいい感じだと本番でダメな人です。
精神状態的に「普通」か「ちょいワル」ぐらいがいい感じです。(何の話や。)


何が言いたいかって。
そういう見極めをして、それぞれがちゃんと計算をして本番へピークを合わせられるように、ていうのが、大舞台での明暗を分けるのではないかなと。
彼はその事を羽生VSパトリック・チャンのところで書いていて、それほど彼が(ピーキングを)大事にしていた、ともとれるし、チャンはそこが上手くいかなかったから羽生が勝てた、とも取れそうな。

とはいえ、今回のソチが結構タフな試合だったようで(団体戦があったりとかその他スケジュールの話とか)、その裏話とかもあるので、やはりピーキングも難しかった模様。
ファンにはそういうところも面白いでしょう。


ほかにもスポーツ系だと今発売してるNumberの羽生選手が表紙のやつも面白かったな。
特に松岡修造さんが書いてるやつ。



「練習どおりになんか出来るわけがないんですよ!」とか言ってるw

えー、それどういうこと!?て思ったアナタは是非読んでみてください。ってAmazonだと品薄MAXな感じっぽいので、店頭でゲットすることをおすすめします。笑
そして次の号は錦織圭ですよ、奥さァァん!!!


・・・買わせるなあ、Number・・・!!!


以上、町田選手の引退の仕方がアイドルっぽすぎてビックリなKでした。
ああ、しばらくBlog書いてないとやっぱりとりとめのない感じになってしまった・・・

来年もどうぞお付き合い下さいm(_ _)m
良いお年を!

2014年12月8日月曜日

通訳日記

以前、本の話をしていたときにその話をしてた知り合いの方に

「そういえばKちゃんて長谷部みたいだよねー。真面目なっていうか頑固なとこっていうかetc...」

・・・どうも、女版長谷部のKです。

↑とか書こうと思っていたら、先日ZEROに長谷部選手出てたんですね。ZEROが密着!的な感じで。
見た感想ですか?


MAXおこがましー!
「似てるね」とか言われた時に「え?ああそうかもね」とか言ってた私一体何なんだ!!!!
日本中の、いや、世界中の長谷部ファンの人に申し訳ない。全然こんなチャランポランじゃないっす。


だってその番組中で開口二番ぐらいに「僕も選挙行きます」って


長谷部かッッ!!!! あ、長谷部だた。。


( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン


少し前から、雑誌Numberで連載されていた"通訳日記"に大幅加筆?をし、出版されたモノを読みました。
タイトルはそのまま「通訳日記」。



ザックジャパンの監督・アルベルト・ザッケローニ氏の通訳として日本代表に帯同していた矢野さん。
彼がつけていた日記を大公開、ってな感じの本なのですが、よくこれだけ忙しい中書いたなと・・・笑
すごいですね。(ちなみに今出ているNumberでも、歴代の通訳の人から「これだけ書くなんてすごいねー」と。)
子供がこんなになりました、みたいなそういうところから、サッカーのことはとても具体的に、特に議論が白熱してるんだろうなという状況においてはかなり細かく書かれています。


サッカーの戦術の話とかになるとあんまりわかんないんですが(未だにシステムの話とかわかるようでわからん)、ただしザックさんの言いたかったことや伝えたかったこと、熱意が半端無く、アツい。
いかに選手を気にかけていたのか、一人ひとりを大切にしていたのかっていうのが伝わる。

もっとも、結果がでなければ評価されないのは当たり前。それがプロの世界。
ザックさんとは対照的に、例えば選手をいちいち気にかけたりなんかしねーよ!って監督でも、そういう方針を(意図的に)やって結果が出ればまあいいわけで・・・

といいながらも、やはりザックさん、指導者の鑑やで・・・!

自分がいざ、チーム?とか何かを率いるようになったら、こういう人になりたいなと思うし、彼の持っている言葉がすごいね。
以前Numberで言葉の力、みたいな特集があって(その時表紙はザックさんだった)、その時も「監督ってすごいなあ」とか思っていたけれど、それはあくまで4年間のザックジャパンの一瞬を切り取ったに過ぎず。

この本には4年分。
文化が違い、言葉だって違う中、日本人の事を理解しようと努めた監督の姿に胸打たれます。

そうそう、それこそ、その文化の違いを理解しようとする中で、「こういうところが違う」みたいなのがパラパラと 書いてあったのも面白かったです。
矢野さんも、日本人ですが結構若くしてイタリアに渡ったので、「こういうところが日本人とイタリア人と違う」っていうのを冷静に書かれていたりして。

比較文化論ていうんですか? そういう観点からもなかなか面白かったりする。
そしてどれほどザックさんが日本を愛してくれたのかも伝わります・・・!


報道ではわからない、チームの内部はこの時こうなっていたのだ、とか、しきりにいろんな選手が言っていた「自分たちのサッカー」ほにゃらら、についても、ああなるほどね、だから言ってたのか。なんてことがちょっとわかったりします。
それでも先日ラジオで「(今年の流行語について)"オレたちのサッカーが"、って勝負なんだからそんな出来る事の方が少ないじゃん!」てツッコまれてて笑ってしまいましたが・・・w

なんだろうね、俺達の流儀的なそういうニュアンスだったて言えばいいのかなあ・・・



(言ってしまえば)内輪の事をこうして「バラすこと」に対し、いろいろと意見はあるのかもしれない。
お涙チョーダイみたいな、こういう形に落としこむことで、ある意味「消費」しやすくしているわけだし。何かをひとつ言えばまたそれは違う方向に捉えられかねない。

でも、私はこんなに濃かった、濃密な時間をこうして出版という形で共有してもらえて、とても嬉しい、というか。
とても興味深く、拝読しました。出会えて良かったな。



やや〜、しかし、プロとはいえ。
ザックさんの選手たちへの気のかけ方もそうだけど、矢野さんの献身っぷりが半端ない。
日本代表チームは、才能あふれる選手たちと、素晴らしいスタッフに恵まれたのですね。
それだけに、やっぱり結果が出ないのは悔やまれますね〜(って半年前の話をまだ言う。)

最後に、私が選ぶ「ザック、男前!」な部分をどうぞ。


勝っている時、結果が出てる時はその喜びに浸るべきだ。でも勝っている時に調子に乗っても、しゃべりすぎてもいけない。
逆に負けている時、結果がついてこない時は、勝っている時と同じくしゃべりすぎてはいけない。
でも自信は持ち続ける。
大事なのは、結果を出すために自分が最善を尽くしているかということ。全力で仕事に向かえているなら、慌てなくていいし、後ろめたさも感じなくていい。全力でやってるなら、大丈夫。


ザックさん、ありがとう。

2014年11月22日土曜日

いい旅・夢気分 〜世界タクシー事情

以前こんなの書いてて、久々にこの人登場させようかと思ったら、私の状況が変わった。

どうも、ショーンじゃないKです。
・・・J-WAVEリスナーのみぞ知るネタで恐縮です。

いやー、そういえばこんなアホなのもやってたけど、最近あんまりそういうシリーズ書いてないね。


え?やらんでいいって?


ε-(/・ω・)/ トォーッ!!


先日この本を読みまして。ええ、そうです、また本。



大宮エリーさんのエッセイで、1つ目から激しい。笑
酔った勢いってこわうぃね☆ 良い子は真似したくても出来ないわぁ☆とか涼しい顔してられるのもつかの間。
だんだんその濃すぎる生態に「シェぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」ってなります。ていうかおおよそ半分超えたあたりで、ちょっとやそっとじゃびっくりしなくなる自分にびっくりです。

電車ん中で立ちながら読んでた時に、「まじ!?」と思って笑っちゃって(あ、でもサイレントモードだよ!)、目の前に座ってたサラリーマンにはうっすら引かれました。
いや、でも翌々考えてみて。読んでるのが立ってるサラリーマンで、座ってる引いてる人が私だったら、それは紛れも無く危ない人だよ?
あ〜、Kちゃん、女の子で良かった☆(何がやねん。)


さて、このエッセーの中で、エリーさんがアイルランドに行った時に使ったタクシーの話しがあって。(詳しくは是非読んでみてください、てことで割愛しますけど)

そういえば世界のタクシー事情ってあるよなあ、と思ったので、私もそのタクシーの話を。


香港に旅行に行った時は、安いってこともあってよく利用してました。
友達が「○○に行って下さい」って言ってくれるので、私は横にちょこーんと座るだけなんですけど。
ただ、香港の友達がこっちに来た時に、向こうと同じ感覚でタクシーを使うもんだから、新宿で待ち合わせした時に
「タクシー高くね!?ボッタクリ!?!?東京駅からここ(新宿)までくるのにこんなにお金取られるの!?!?!?」
・・・うん、そうだよ、しか言えない・・・。すいません正規価格がこんなんで。。。汗

HongKong



台湾に行った時は、実は車内に携帯を忘れまして・・・
偶然、私がドライバーの名前を覚えていて(ネームプレートがやはり日本と同じように飾ってあるんですね)、ホテルのフロントの人で日本語も喋れる方がいたので、
この番号に電話して欲しい!!電話手元に返ってきて欲しい!!ドライバーの名前これ!!!
とか言って(何故うっすら片言なのかw)、快く引き受けてくれたフロントマン。
そして無事に返ってきた携帯電話・・・ もっと正確に言うとPHS・・・ とかいう騒動がありました。

ドライバーさんがホテルにわざわざ届けてくれたんです。それも深夜に。
で、私は行きたかったんだけど母が行ってくれて(お前待ってろってことになりまして)、チップを用意するも、
「僕は僕の仕事をしただけなんで。じゃっ。」
と言って一銭も受け取らなかったというイケメンっぷり。いや、イケメンという言葉の枠にとらわれない漢っぷり。かっこ良すぎる、台湾ガイ。


そして奇想天外?米国編。

Columbus, GA


コンクールに行った時、ホテルと会場の大学まではタクシーが必須。ということで、ある朝ホテルのフロントの人にお願いしてタクシーを呼んでもらいました。友達と割り勘っていうのもあったけど、割と安かった。

そしたら、文化の違いなんですかね。
「Youたちまたタクシー必要だったら呼んでよ!ハイ、これ僕の名刺!ここに電話してくれたらいつでも行くゼ!」というMr TAXI。

こうしてアッシー君を手に入れたかに思った我々一行だったのですが・・・

ある日、会場の大学からホテルへ帰ろうとしてミスタータクシーに電話するも捕まらず、ちょっと待ってみても一向につながらない。
仕方がないので、流しで走っているタクシーを運良く捕まえた、、、

は良かったんですけど。

まず乗るなり、助手席に女性座ってるし。
ドライバーさんがガラ悪いとかそういう以前に助手席に女性座ってるし。
え、先客?とか思ったら無言でHunburger(←鼻にかけた発音)食ってるし、時々Coke飲んでるし。
更には「○○(ホテル名)まで連れてってくれ」て言って、無愛想な感じでハイとかいって走りだすも、

あれ?いつもと道違くね?

なんかちょっと物騒っぽい道入ってない?大丈夫なの???

ちなみにその時一緒に乗っていた友人は留学生で(とはいえ勿論英語ペラペラ)、2人で顔見合わせて
「これヤバくね???」
「俺ら帰れるの???」
という無言の会話。この時この友人との間に信頼が完璧に生まれたよ。うん。

結局無事着けたからよかったし、実際別の日に乗ったタクシー(ノリが完全アメリカンで感じは良かった)でも、「あ、俺のワイフ乗ってるけど気にしないで☆」て人がいたんで、たまーにあるぐらいの風景なのかな、と・・・。
すいません夫婦水入らずの車内朝食におじゃましちゃって。。


ちなみに我々のアッシー君状態になっていたミスタータクシーは、
「名前なんてーの!?」「どっから来たの?」と気さくにいろいろ聞いてくれて、
友人A「キャリフォーニャだよ」
友人B「アーオヮだよ」
K「ジャパンだよ」

Mr TAXI「ジャパンかよ!!!!!!WOW!!!コニチワー!!!!!!!!」

というアゲアゲっぷり。
更には名前なんてーの?って時に「Kだよ。正確にはK e iなんだけど」

「Oh, H, I, J, Kだね!!! 覚えやすいZ!!!!!」


聞いちゃいねえ俺のスペルなんざ。。。www

すげーいいおにーちゃん(おっさん?w)だったんで、また会いたいんだけど、あのへん行ったらまた会えるかしらね―。会いたいなあ。

ていうか米国行きたいなあ〜。


ちなみに料金は、まあ都会じゃなかったんで、そんなに高くはなかったかな。
変なのに引っかかると危ないかもですが、是非いろいろ乗ってみるのをおすすめします。そう、いろいろ見極めながらですが・・・


以上、夢はパスポートをスタンプでいっぱいにしたいなー!Kでした。
(※空いてるページが○ページ以上ないと入国が不可の国もあります。要注意やでー)

2014年11月20日木曜日

ほしい音の為になんでもする人たち。

最近読んだ本に、なんとも言えない統一感が。

ちょっと写真が雑だったかも。 Kです。コンニチハ。



左の白いのは「小澤征爾さんと、音楽について話をする」。作家・村上春樹氏と小澤さんの対談。
真ん中「おわらない音楽」はその小澤さんが日経新聞の『私の履歴書』に連載されてたのをまとめたもの。
右「棒を振る人生」は、佐渡裕さんが結構最近出された本。10月末に出されたやつです。





指揮者の人数としては2人ですね。(小澤さん、佐渡さん)
やはりどちらも海外のオケの指揮をやっている、言わずと知れた名指揮者ですね。
佐渡さんなんかは、いま「題名のない音楽会」の司会をやっていたりなんかしてますし、吹奏楽少年少女にはシエナとかで有名なのかな。
(私はシエナで佐渡さんが振っていたので、知った。)


この2冊を読んで思うのはー特に小澤さんの方で思うのはー、いかに私が勉強をしてないか、っていう事。
このクソ便利なツールがいっぱいあるのに、甘えてるんだなあってそういう事もあるけれど、純粋に知らなさすぎるということ。


そして、費やせる時間がまだ全然作れるだろ、自分。と思う。


そりゃーこういう本にする時点で、「僕はチャランポランで全然勉強してなくって、それでも指揮者になっちゃった☆テヘペロ」なんて書く指揮者の本なんてきっとどこにもないでしょうけど・・・
あったらあったで読んでみたいけど、それの方がむしろ「すげー勉強してるけどそういうの書きたくないっていうやせ我慢じゃないかな」と勘ぐりたくなります。だって指揮者っていう職業柄、ホンット―に勉強しないと多分あれ、無理でしょ。


「とはいえ、サックスなんてオケにないじゃん☆たまにお呼ばれして行くんだからそんなにオケの事知らなくていいのでは?」

そんなわけなかろうに!!!!!!!!!!


ってことで、実は先日マーラーのスコア買いました。
(ていうかなんでGoogle先生は「まーらー」と打って「麻辣」って変換するかな。国全然違いますけど。)
まずは1番。

なんでって、全然知らなかったから。
Mahler(次は英語ですかw)とワーグナーと、あたりは「いつかそのうち」とか言って、そうこうしてる間にとうとうそのへん知らないまま音楽史の授業も終わっちゃったし、このへんで「聞こう!!」て思わないともう一生(大げさだな)聞かないし勉強どころの騒ぎじゃないだろうなあと思って。

じゃあ別に聞けばいいだけでは?って思うんだけど、いやいや〜せっかくならスコア見てって方がちゃんと本腰入れて聞くかな、って。(なんだそれは。)

本当はCDまで買いたいんですけど、貧乏学生ですけぇ・・・ お金が・・・


って言ってたら、我が学校の図書館は勿論、NAXOSという超便利サイトがあるではないか。
(大学がIDをくれてタダで有料サービスを受けられます。多分学費の中に入ってるんだろうな。)
ということで、これを機にいろんなシンフォニーも聴いてみなければ、と今更ながら勉強をそろりそろりと始めることにしました。


サックスって近現代が多いんで(※サックスは開発されてからまだあまり日が経っていない、比較的新しい楽器なのです)、しかもロマン派とかの曲が他の楽器に比べて全然ないものですから、あまりクラシック音楽の流れを汲まないまま乗っかろうとするんですね。

でも当然そうすると孤立するのも当たり前というか・・・


オケとか、このお二人の本の中で度々出てくる「音楽祭」や「セミナー」なんかにもすごく興味があって参加したいんですけれども、残念ながら前述のとおりオーケストラに ないので、こういったものにはなかなか縁がありません・・・
吹奏楽とかのセミナーであれば、勿論定席はあります。

あれ、羨ましいですね・・・
楽しそう・・・

(だいぶ嫉妬。ジェラジェラシー)



言うことコロコロ変わるんで(エッ)、一つ前に考えてたことを蔵出しすると、
私はこういう正統派音楽というか、クラシック音楽のトップオブトップみたいなのには縁がないというか、無理だろうな、って。
向かないだろうな、ていうのがあって。

だって小さい時とかクラシック嫌いだったしーw

(佐渡さんは小さい時からクラシックが好きだったりスコアを読んでいたんだそうな。・・・私?楽譜読めなかった(読まなかった)しwww)

それにどっちか言うとポップスとか、なんていうか「ミュージックシーン」的なそっち、っていうんですか。
音楽界、っていうか。・・・横文字にすればいいって問題でもないんだけどwww


でもこれを読んでみて、もしかしたらこの人達以上に時間をかけられたなら、情熱をそこに集中させることが出来たなら、もしかしたら「トップオブトップだ」と思っていた世界は実はそんなに遠くないのかもしれない、なんて思ったりして。

いや、遠いんだよ?w
ていうかその時間も熱量も費やせないから今の私になっているのではないかwww


ただ何が言いたいって、自分が望んで飛び込められたら、今と違う景色、一段違うところで何かを見れるのかもしれない。そしたら、違う視点で世界が見られる気がする。

勘違いかもしれないけれど、それはやってみないとわからないわけで。


・・・でもコンクールで1位!!とか、なんかそういうのはまったく想像出来ないんだよなーw
大体そういうのの延長に、こういったすごい人たちの「トップオブトップ」ワールドがあるんだったら見えなさそうなんですけど、なんでしょうねえ、根拠もなく、別にそういうわけでもないんじゃないかなあって。
学歴とかコンクール歴とかが勿論モノを言う部分が結構多いのかなと思うので、そんなこと言ったら「なぁーにをキミは言っとんりゃぁすかー!」て言われるかもしれないし、自分でもそう思う部分は有るんですけどw

「仕事」にはならないかもしれないけれどね、その場合。
ただ、目の前の事を、もしそれが仕事じゃなかったとしても一所懸命やったなら、違うもの見えるんじゃないかな―て。


先日レッスンで、別にそれまでさぼってたわけでもないのに「あれ?先週何練習してた??」「やばくねやばくねー」と思って直前に詰め込んだりして。
違うんだよ。笑 それやってるうちはちょっと違うんだよ。

とはいえ、この本を読んでると、小澤さんとかも「○○の本番直前にやばいやばいと思ってイチから勉強はじめてコンクールでうんぬん、、、」なんてくだりもあったりして。

でも多分ここで何が違うって、詰め込み方が違う。当たり前だけど。



読んで思ったこと。

最近の私の考え方がちょっと変わったかな。
思うのは、今の自分からは到底想像出来ないような、違う自分に会ってみたいな、と。
多分ちゃんと勉強して、追い求めたいもの追い求めてからでも、その時の蓄えで賄う為の術を行使出来るんじゃないかな。

ちょっと難しい言葉が並びましたけど、要は「ちゃんと勉強したまえよ、自分」ってことです。


難しいかもしれないね。
やっぱり自分は環境に左右されるところがどうしても大きく・・・

ならば、環境を自分で選べるだけの何かを手に入れないといけないのかもしれません。
自由になりたいんだな。(中2病とかではなくw)



ところで、佐渡さんは大学ではフルートを専攻し、その後指揮者になっていますので大学とかで指揮法を(指揮科として)勉強したわけじゃないみたいなんですね。
何故フルートだったのか・・・? 他の著書にあるかしらねー。


さ、練習がんばりま。

2014年11月19日水曜日

読書ノート

芸術の秋〜 スポーツの秋〜

とか言ってたら、もう秋が終わろうとしています。早くね?

どもども、
ハリーポッターは自分の想像力が追いつかなくて早々に諦めたKです。

ていうかあれ小学生の頃だよ? しかもめちゃめちゃ分厚いじゃん。
読書好きならともかく、読書っていったら国語の教科書に載ってるやつ程度にしか読まないKさんにはハードルが高すぎたよ・・・?

(ま、読書好きじゃない友人が読めたっていうんで読み始めたんですけど。ドリルがどうのこうの(すげー最初w)ってあたりでだいぶわからなかったな・・・)


そんなこと言ってたはずの私が、このノートまる一冊分の本を読めましたよっと。


(・・・って思ってもう一回見てみたら3ページぐらい空いていたwオイww)

最初の記録が2011年の4月なので、3年と半年ぐらいですか。
読書記録に関しての(日時的な)情報や冊数は読書メーターの方が正しいんですが、こっちも気が向いた時にちょこちょこといろいろ書いてたんですね。
なんてったってとりあえず読んでページだけ作ったくせに何も書いてないページもあるw だいぶいい加減ですww

とはいえ、多分途中で書かなくなるだろうな〜と思っていたのにも関わらずなんとか?一冊使いきって、ちょとした達成感。
勿論これを書くために読んでいたわけではないんですが、以前の、活字とかダメなんですよぉーとか言ってたのに比べたらだいぶ進歩だなあ、て。笑


書き始めたきっかけは、長谷部選手のかの有名なあの本。


(かの有名な、って・・笑)

ちなみにこれ、文庫になったね。だいぶ前ですけど。

これを読む前から、読書自体にハマっていたし、元々ノートになにかを書くこととかも好きだったので、これ読んで「なんとなくやってみるかな」と思って初めてみたのがきっかけ。
そしてその時あったノートっていうのが、このそれなりに分厚いやつか、大学ノートしかない、という究極の2択で。。


最初はノートが埋まっていくのが楽しくて、読書をし、ノートに書くということをやっていたように思うけれど、最近はそれをしなくても読むようになってきたので、ちょっとずつ進み具合が遅くなったりもしていたけれど、あまり厳しくしてしまうと面倒くさいのでw,そこはルーズに・・・。

だからなのか?、段々書き方も変わってきた。ページのレイアウトとか。

最初は見開き1ページで1冊だったのが、段々1ページ1冊(なので見開きで2冊)とかになってったり。収まらなかったら当然次のページまでいったり。

あと本によってはそれこそ何も書いてないような本から、いいなと思った本を書き出す(しかし一字一句正しくはない)、自分の考えを書く
・・・というののどれかをやるか、全部やってみたりする、とか。


ブログに私の読んだ本の全部を書いてないのと一緒で、ノートにも書いてないし、読書メーターにも「読んだ」って記録だけして感想を書いてないような本もある。
特にルールはなく・・・

それについて、もしかしたら「そんなのけしからん!!」て言う厳しい方もいるかもしれませんけれど (笑)、それでも読まなくなるよりはマシだし。
ましてや読書は趣味なので(義務ではない。)、あまりキチキチしないほうがいいなーというのが私の意見。

良いんですよ別に。読まなきゃ"いけない"わけじゃないし、読書ノートをつけなきゃ"いけない"わけでもない。


そう言いながらも、よりその本を理解する・その本を読んだ自分を理解する意味で、読書ノートは有効だと思います。
インプットしないとやっぱりアウトプット出来ないし。その逆もしかり、かな〜。
息吸うのと一緒。吐いた分しか入ってこないし、吸ったぶんしか吐けない。



ちなみに長谷部選手は印象に残った本を定期的に読みなおしたりとかしたいけれど、新しく手に入れた本も読みたいし、(数が多いと)なかなかそういったことは出来ない。が、ノートにまとめておけば、効率よくいろんな本を見返すことにもなること、そして遠征先にも持っていけるから便利。とな。

ちょっとしたKindleみたいな感じですかね。(え?)


そして先日、2冊めとなる新しい本をおろしまして。
貰い物の(オイ)、モレスキンを。

・・・しかしこれ、線とか何もひいてないやつなんで、ちゃんとつづくかしら・・・とそれこそ思っていたけれど、これはこれで面白そうです。
2冊めが終わった頃には私は何をやってるんだろうな〜♪


以上、読み返して見たら年々手抜きになっていた。。汗、Kでした。

2014年11月12日水曜日

意識は有るか無いかでしょうよ!!

最近でこそなくなりましたけど、以前「意識高いね」ばっかりいわれる時期がありまして。

あ、ども、Kです。

言いたいことはわかるんだけど、なんか違うんだよ、ていうかなんだよ意識高いってって思ってたんです。
何でって、


意識って高低じゃなくて有無でしょうよ。

意識レベル低下してます!!!ってナニソレ!!!救命病棟!?!?

(そういうことをいってるんじゃないッッッ!!!!!!!!!!!!)


実際これ(「意識高い」)は、いわゆる流行り言葉というか、ネットスラングなんですね。「意識高い系」みたいな。(ナニソレ?と想ったアナタはコチラをどうぞ)

それをそのまんま覚えたてのまま、私に「アナタ意識高い系だよね」とか言われると、「いやいや木村佳ですから」と、相手をいかにフリーズさせるかって方向に走ります。

だってそうじゃんw しらねえよお前の意識の基準なんかよォ、です。
そんな目にみえないフワフワとした他人の移ろいやすい基準なんぞアテにしてられっか!!!


といいつつ翌々調べると、「意識が高い系」と「意識が高い系(笑)」という2種類がいるらしい。
前者は、なんというか正しく頑張ってる人。(だから正しくって何!)
後者は、空回りしてみたり周りをイライラさせてみたりして痛々しい人。(なのに俺すげえ☆的な酔いが入ってる人)


私ですか?
前者半分、後者半分、だったらいいな。多分3:7ぐらいの割合じゃないですか?俺基準だから、知らん。

但し、1回空回りしたら、出来る限り2度めはないようにします。そりゃそうでしょ。
勿論、同じミスを何度もして自他共に「ムキー!!」ってなってることはありますけれど。。


なんでこんな話してるって、こういう本を読んだからです。



正直言うと、もしアナタが「意識高い系(笑)だ」と言われても、自分のやりたい事があってそれをやろうとした結果そうなってるんだったら放っておけよこ ういう本も 世論も、って思います。

ただし、なんかそれをファッション的な感じでやってるんだったら「周りに痛々しいぞお前と言ってくれる友達はおらんのか」ぐらい言いたくなります。

ちなみに何故私がこの本を読もうと思ったかというのは、自分も言われかねない事をやってるかもなーというのがあったから。
自分は私みたいにSNSを使ってる友達を見ても、ふーんぐらいですけれど、違う角度からみたら何かあるのかな、って。



この中で著者の方が言ってるように、「欧米やべーよ見習えぇよ」「日本マジ遅れてんぞダセぇぞ」みたいな発言、あれもうちょっと考えろよ、とか、ネットでの議論(orニュース)こそ本物の議論!!とか言っちゃってる輩!!目を覚ましたまへ!ぐらいは思います。

例えばそのVIVA欧米の方だったら、


欧米欧米っていうなら、欧米の子になればいいでしょうがァァァァァ!!!!!

ぐらい思うし、ネット議論(orニュース)こそっていうそこのあーた。


テレビは局が編集したものを一方的に受け取るわけですが、ネットだと受け取る側のコチラが取捨選択出来るわけです。
つまり、その取捨選択をする場面において、自分にとって都合のいい話・信じたい意見ばかりを見ている可能性があることを、念頭に置いておいたほうがいいと思うんですよね。


実際本の中で東京都知事選(石原さんが再当選した時のやつ)で「ネットではそんなことなかったのに何故石原が!!!」みたいな発言。
いや、私もそう思いましたよ。都民じゃないし選挙権ないけれど、石原さん以外かしらねなんて思ってましたから。

甘かったね。

そもそもネットにあまり触れない世代がほぼほぼ選挙に行くこと(若い人たちあまり行かないこと)、そして何より私の周りには石原さんもういいですやめてヨみたいな人がたまたま多かったこと。

所詮、都合のいいところしか見ることが出来ないのです。なかなか。


余談ですが、バイトをやっててハッとさせられたのは。

お客さんは、よくも悪くも瞬間評価である。ということ。

例えば。私が偶然すごく良い接客をしたとして。
きっとお客さんは「この人すっごく仕事出来るのね!」て、思う、かもしれない。

あるいは、普段出来るようなことが出来なかったりしたら。
「困るんだよね学生アルバイトはこれだから・・・」って、私の一回だけのミスが、さも学生アルバイトは使えない的な評価になることだってあるし、はたまた「そんなところ見る!?」てところで「この子は仕事出来る/出来ないんだな」という評価が下されるかもしれない。


例えば、私はいま大学で週1でレッスンとかあるわけですが、大して練習してなくてもできちゃったり、あるいは当然逆もある。
レッスンなんかだと1時間ぐらいあるわけですから先生だって見破れますけど、でもお客さんとか初対面の人がとても1時間も辛抱出来るとは思えないんですよ。
だってそれがお客さんと従業員だったら、ほぼ高い確率でその瞬間にしかきっと人生で交わらない人なわけだし。


何が言いたいか。

情報や、それこそfacebookとかで人を判断する、ってなった時に(それはどうなの?はちょっと置いといて)、自分もその(悪い意味での)瞬間評価になってないだろうかっていうのをものすごく気をつけます。
だってそれで損する場合もあるもん。「あの人こんないいところがあるのに」的な。

ただし、自分が発信する側だったら、どの一瞬を切り取ってもらってもいいように配慮をしようというもの。


とはいえ、なんかもうそういうのも面倒くさいっていうか、発信しまくってる人(それもちょっと「大丈夫か?お前」的な人・・・)をちょっと見ていただけに、一瞬だけ「発信すりゃいいって問題じゃないからな・・・」と、ブログもそうだしfacebookとかの更新もあまりしないようにした時期もありました。


ただ、私がこうして発信し続けることには、他とは違う(かもしれない)意味があるわけで。
同じ?意味としては、近況報告ですけど、他の役割としては広報ですよ。自分の。

プロデューサーとかスタイリストとかいるわけじゃないし。
ブランディング、とかそういう難しい言葉使わずとも、それに近いことをやる必要があると思うんですね。芸で生きたいと思う以上、自分の芸を見てもらうまでの花道はちゃんとする必要があると思うのです。

押し付けるのはよくないけれど、しかし、SNSはそうした広報活動にはヒジョーに便利なわけで。
そして自分も何かを発信すること、アウトプットをすることで新しいものを得ようとするから、新陳代謝です、もはや。

会社勤めの方で、「周りがやってるから俺もやらなきゃ」的な感じでセルフブランディングかじっちゃってる方がいるなら、「その"周り"はお子さんが『だってみんなPSP買ってもらったんだもん』のみんなぐらいアテにならんぞ」と言いたい。みんなって誰って言ったら3人ぐらい名前あげて「えーっとねぇ・・・ ぇっとぉー」が始まるぞ。私がそうだった。(お前かッ!!)



段々まとまらなくなってきましたが。まとめ。

もしSNSで何か取り繕いながらやってる人がいるなら、そんなものすぐにバレますから。
無駄に誇張するなら、それなりに中身が伴うように「正しい努力」が必要だと思います。
(ま、演奏家のプロフィールなんていかに盛れるかみたいなところはあるかもしれませんけれど。。)

人脈だって、(著名人と知り合い!というのなら)アナタがすごいんではなく、その著名人の方がすごいのでは、というのを常に考えたほうがいいんじゃない?


とか言っておきながら、書きたいことがあるんだったら批判の目にさらされながらも書きやがれ!!です。

だってやっぱりネットで、「意識高い系(笑)の学生とかマジなんなの〜〜」って人がたまたまわらわら集まってきて、わらわらと自分のほしい情報だけかき集めたらこうなったよ☆ってなっただけかもしれないわけで。
ていうか元々いたって。使う道具とかが変わってきただけで・・・北の国からみたいになってしまったわけで・・・


あ、この本自体は、個人的には「うーん?」です。
参考にはなるけれど、別にSNS疲れしてる人「ばかり」ではないだろうし、ネットだけじゃなくて本の中でも情報の洪水で大変なことになってるわけですから、やはり取捨選択は大事になりますね。
この本も、なんていうか炎上マーケティング的な路線をいってるんじゃないかと思う部分はあります・・・ ま、気になる方はどうぞ。


以上、そう言いながらも横文字ばっかり使う大学生社会人を見ると
「テメー日本人やり直してこい!!!!!」あるいは「大学のEducationだけではPerfectではないとDaddyが」ぐらいカマしてやろうかなと思う、Kでした。

(でもAllegroとかを突然日本語に言われても、それはそれで「楽典やり直してこい!!!」だねwwwさじ加減~~~)

2014年10月29日水曜日

OKライン、どこ?

最近読んだ本から。



この人の名前はだいぶ前に錦織圭選手が自身のブログで書いていて、「なるほどなー」と思っていたら、本屋で出会いましてね。
(そのブログのくだりは別に本の紹介ではなかった。)

最近あまりこの手の本、というかメンタルトレーニングうんぬんは大分お腹いっぱい感があったので読んでなかったんですけど、これはちょっと違うかも。
なんていうか無碍にポジティヴぅに持ってってないとか。

そしてメンタルが強いとか弱いとかいうけれど、弱くてもそのままで勝てるのです。
むしろ、そのまま「だから」勝てるんです!というような趣旨。

その秘訣?はズバリ「自分でOKラインを設定する」「自分にOK☆をあげること」。
もしかしたら自分に甘くない?って思っちゃうかもしれないけれど、それこそが大事だったりするのです。


ネタバレも含みますが、あくまで気になったところを適当にピックアップしてみよう。

「その目標は高すぎないか?」

例えば、私でいくと・・・

毎朝5時に起きる!!!早朝走る!!!

↑これを例に考えていったとして・・・ 実際、私にとってはメチャクチャハードルが高いんです。
だって最近8時半に起きるのがやっとだもの。・゚・(ノД`)・゚・。


でもこの目標を落とせず、ずっとこれを掲げ、でも実行出来ずの繰り返しで・・・

これを、著者である森川さんは
「出来なくても傷つかないように」という事故防衛の意識からくるもの
と。
じゃあそれこそダイエット!!10キロ痩せる!!と言ってもなかなか簡単にはオチない。でもその数字をもっと簡単にしないのは、「(簡単にした時に)実行出来なかったら怖い」という思いから、ってことですかね。

美しい目標(という表現をしてます)を立てることばかりに囚われていませんか?と。
別に目標は自分の為のものであって、自分が知っていればいいのだから。
どんなに低くても、周りからみたらしょーもないかもしれないものだったとしても、そもそも周りに知らせなかったらいいんだし。
それを思うと、最近の「宣言すれば目標は達成できる!!!」みたいなのは、フィットしない人はやめた方がいいですね。
合わない人は、こっそり自分で目標立てて、こっそりやってみることを勧めます、とこの本を読んで確信。


「うまくいったのは全て周りのおかげや運」だと思っていませんか

これねー!!いるんですよ。
悪いことじゃない、と思うじゃないですか。
でもこれね、「インポスター症候群」と呼ばれる症状じゃないかという指摘。

あとは自分が過程に満足していないから、本当の実力も結果も認められない、というもの。
ただし、その過程だってひとつ(あるいは複数)の結果を出すためのものであって、いくらラッキーであったとしても結果が出たなら「(*ノω・*)テヘ」とか「( ・´ー・`)どや」て言ってOKしてあげればいいのです。
むしろそうしないと、せっかくの出来たことも受け入れられなくなる。

失敗した事実と向き合うのも大事だけど、成功したという事実と向き合うのも大事という話です。


こういう、そのインポスター症候群にかかる?人というのは女性管理職に多いんだそうな。
そして私の主観ですけど、真面目な音大生にも多い。

一瞬、私もそれの波に飲まれそうになりましたが、いや〜違うな、となりました。
なんか・・・ 無駄なほどに頑張ることで、自分自身を満足させてないか?と。

浅田真央選手へのタラソワコーチの指導の仕方とか見ると、タラソワさんは練習しすぎなところに対して強い警戒心を持っていたんだとかそうじゃないんだとか。
練習で満足感を与えず、結果に対して責任を持たせる。という意図のようです。

そういえば似たような話を、海外に(音楽で)留学された方々から聞いたような・・・

「先生からコレ以上練習するな!て言われたー」

みたいな話。
多分それは、そういうことなのかもしれません。


ダイエットする!!走る!!部屋の掃除毎日する!!みたいに目標立てては挫折しちゃう人や、私そんなに頑張ってない・・・と言いながら長時間頑張っちゃってる人とか、おすすめです。

ていうかとりあえず音大・体育大の図書館に1冊以上あればいいんじゃないかな。ふふw
無碍にポジティヴポジティヴ言うより現実的だし。


横峯さくら選手をスランプから救った、というのも納得出来る気がします。

2014年10月11日土曜日

(まさに)エースをねらえ!

地元の本屋さんが去年ぐらいかな、に潰れてしまいまして、本屋シック。Kです。

いや、学校(新百合ヶ丘にあります)の近くにはあるんですよ。2軒?かな。
ただあるじゃないですか、衝動的に行きたいな、みたいな。

最初は学校近くにもあるし、横浜に出ればあるしィ〜とか思ってたけど、・・・実際メチャクチャ不便です。
いくら熱帯雨林からお急ぎ便で輸入出来たって(訳:Amazonで購入できたとしても)、やはり実店舗が欲しくなる今日この頃・・・


で、この本は昨夜コンサート帰りにどうしても本がやはり読みたい!と思っていたら、そうですよJR横浜駅には駅構内に本屋さんがあるではないか!!!
てことで、寄ってみて、ちょっと気になってたこの本を読んでみました。(あ、勿論買ったからね!そこで!)
10時ぐらいでもまだ営業してるって便利。
(余談ですがジョイナス地下の有隣堂は夜10時までやってます。が、駅着いたのが10時5分前じゃあ、ねえ・・・!!てことでこの駅中の本屋、便利!!)



はい、AKBとかモー娘。なんかで鬼コーチ的な立ち位置でダンスを教えているのが彼女です。夏まゆみさん。
この本を読んで知ったのですが、WAになっておどろうの振り付けはこの夏さんらしい。
結構でかい仕事やーん、すごいやーん

と思う彼女も、実は最初はフッツーの会社勤めのOLさんでした。
その勤め先の事務所の窓から見えるダンススタジオにやりたいな、と入会したことで自体は変化。
先生となり、ダンススタジオを開講し、まあ続きは本を読んでいただくかググってください。(コラ)


いろんなトップアイドルや芸能人の人たちを見てきた彼女が教える、エースとはこういうものぞ!という本ではあるのですが、それは芸能人だから!みたいな特別な話ではなく、みんなにも出来ることなんやで、みんなエースになれるんやで!というような話。

・・・というのは帯通りの話で・・・笑


エース=(AKBとかでいう)センター、ってそういう意味ではなくて、ここでの定義としては
自分の置かれている場所で輝いてる人
ってところですかね。
センターは、(チームなら)そのチームの顔ってことになるので、またちょっと別の話。


アイドル好きはまあどうぞ読んでみて。それ以外の方も興味があれば読んでみて。
それから人とつるんでばっかの人も読んでみて。ってかんじですかね。読んだら読んだで、当然ながら得るものは結構ありました。


いくつか。(抜粋ではないです。ご了承を。)

先生の表情ばかり気にするのもよくないけれど、仲間が(自分のダンスを)どう思うかなんて気にしてたら練習にならない。

これはどういうことかっていうのは「他人と同じになることに安心感を覚える傾向がある」から。
(※これを紹介する前に、「群れるな」という趣旨の事を書いての、コレ。)

これ、先生の顔色、はワタクシあまり窺ってないんですけど(むしろもうちょっと窺えというぐらい。汗)、一緒にやる仲間となるとちょっと別、みたいな感じになってしまうことがしばしば。
アイツこう思ってんじゃないかな、この人こう思ってるんじゃないか、...etc

でも言ってないならあまり気にするべきじゃないし、ていうかそんな深読み始めたらキリがない。
それは言わない=伝わらないということである程度バッサリ切る必要があるのではと思っていた時に、この言葉ですよ。
そうだね。間違ってないのかもね。


それに、こうも言っている。

(チームワークについて)身内に気を使い、仲間から浮かないように足並みを揃えることを「チームワーク」というなら、そう思ってることの方が恐ろしい。

横並び主義のチームワークは無用です。ともきっぱり。
そうやって横並びになることばかりを気にしてばかりいたら、いつの間にか
(例えばコンサートなら)コンサートを成功させる!という目的のはずが、喧嘩せずに仲良くなる事そのものが目的になってしまう。
それは、違うよねー。って思っても、意外と出来てないんじゃないですか? 今一度確認してみてや。


最後に、コレ。

敬語や丁寧語で話す時はことさら注意が必要で、言葉が丁寧ならいいだろうと油断して、いつも以上に心を込めるのがおろそかになってはいないか。

これねー!!
私も言葉遣い気をつけるあまり時々やりそうになるんですけど、ダメだと思うんです。
まーその代わり私は言葉遣いが疎かになって、結局気使いできてんだか出来てないんだかわかんなくなるんですけど・・・

それこそ大学に入って自分が2年になった後、後輩から(私が何かについてメールしたあと)「承知しました」と来て、ミタさんか!!!と思ったことがあったなあw
まあそりゃ言葉遣い気をつけていれば、相手を不快にすることはないと思うんですが、それでもやっぱり「なんだそのコピペしましたみたいなマニュアル的対応は・・・」と思うことはしばしばあります。
タメ口の方がむしろ気を使うというか心を込めることをひっじょーに気をつけますね。だからといって敬語で話す時に何も気にしないわけじゃないんですけども。
わかりやすく敬意を示せないぶん、違う所でそういう思いが伝わればな、と思いつつ・・・

なので自分は、多少荒っぽくても出来る限り自分の言葉で御礼なり、謝罪なりを出来るように心がけてます。
別にそれがいいとか悪いとかは一眼には言えないんですけど、でもやっぱり自分の言葉で伝えたほうがいいと思いませんか。っていうか私はそう思ってるから書いてるんですよコノヤロー。

え? それで不快にさせたらどうするんですかって?(多分もう既に被害者がいると思うんですけどw)

ま、そりゃーすぐに謝るならそもそもそういうこと言うなよ!というのもあるけど、とりあえず素直にこう言えばいいじゃん。


「(不快にさせて)すみませんでした!」




以上、「前例がないなら私が前例になればいい」と言う夏さんに続きたい!Kでした。あでゅー。


2014年10月5日日曜日

おせーよニューヨーク

毎週日曜日の楽しみはなんですか。

ズバリちびまる子ちゃんでしょう!

いいえ、私は新聞の読書欄です。

Kです。可愛げ? そんなもなぁサザエさんを毎週リアルタイムで見ていた平和な時期においてきました。・・・それはいつだ。



最近読んだ本。






この2冊とも、それこそその日曜の楽しみだと言っていた読書欄でおすすめされていたもの。
ちなみにコレもおすすめされてましたが、こっちは未読なもので。


一冊目の「ヒップな生活革命」は、興味があれば勿論読んでいただきたいんですけど
要は
資本主義!! 大量消費社会万歳!!という米国に、今「本当にそれでいいのか?」と問う人々ありけり
 ↓
今こそ生活を見直し、身の丈にあった/(少しぐらい)お金が張ってもきちんと自分で選んだものと付き合う/体に・環境にやさしいモノを選ぶ ーというようなスタンスをとる人たちが増えている

とまあ、相当ざっくりいうとそんなところで。
それこそ、体に優しいもの〜とかだと、かつては一部の超神経質な人やコダワリやさんにしか見向きもされなかったオーガニック食材が、ニューヨーカーをはじめとするアメリカ人に浸透してきている、というような話であったり、
食の話の続きでいくと地産地消を心がけ、(配送という)コストを減らすことで環境にも配慮したモノ選びをしていく、地元の旬の食材を食べる・地元のお店で買うことでその地域の活性化を図る、・・・etc


地産地消。
無農薬野菜。
(まあ全く農薬を使わないのはとても難しいのですが、それでもやはりそういったものを極力選ぶようにしましょう。って話)

小学校とかで習ってません?コレ。


そして旬のモノをいただく、というのは、"日本人"の先輩たちがそれはもう心がけてきたもののはず。知恵ね。知恵。


でも恐らく、「今ニューヨーク(※)ではこのライフスタイルがイケてる☆」とかいうイケすかない見出しがもし雑誌とかで取り沙汰されて気になるというのなら・・・


日本人に言いたい。


おせーよ、ニューヨーク。



私達の先輩たちの方がよっぽどヒップやで。


実際この本で紹介されているライフスタイルの変化なんかは歓迎すべきことだと思いますし、ブラックフライデーに代表されるような消費者を極端に煽るような風潮は私もどうなのかなあと思うところがあります。

しかし、この考え方がいわゆる「ファッション」というか、「今年はこれが流行色だからこれでどう?」「いいね!」とかいって1年単位でコロコロ変わるような、そういうもののように扱われると、いいのかそれでと言いたくはなります。
勿論、これも考え方によっては、「いろんな考え方を吸収しつつ潔く捨てられる」と捉えることも出来るかもしれませんが、果たして。

(※ニューヨーク=マンハッタンというイメージがあるかもしれませんが、この本で主に語られるのはブルックリンとかそっちみたいですね。)

まあ、この考え方が注目されること自体は悪いことじゃないですし、・・・やっぱりプロモーションの仕方が上手いんだろうなあ〜。と、旬な栗を食べながら思うのであった・・・


で、もう一つの方。「よわいつながり」。


これも賛否両論あると思いますけど、興味深い。

強いて言うなら、この本には旅行に行くときも携帯電話はフル稼働!(ただしSNSはサヨウナラ!)と書いてあって。
これ場所によっては多分ソッコー電話スられます。なので、携帯見る前に周りを見たまへと思います。

でもこれも、当然行ってみたからこそわかることであって。
「海外?俺は週末Googleストリートビューで海外いけるから☆」ってそれで行った気になるなよというのは私も少なからず思います。


行かないと、何がわからないかわからない。
いざ何かを投げられないと、そもそも自分が何を知らないのか、あるいはどういう自分がいるのか、なんてこともわからない。



実際この著者がアウシュヴィッツを訪れた時の話で、収容所の話とか全然知らなかったけれど、さすがに現地に行ったらいろいろ思うところもあったし、行ったからこそ知ろうと思った、等など・・・。
別に深く知っている「必要性」はなくて、観光者というある意味無責任な感じでいい。知らなくてもいい。が、とにかく足を踏み入れていくこと ーというようなことをまずは大事にしてみてはというメッセージではないですかね。


関係性についても、観光者のような一種の「無責任」スタンスの良さを説いてます。
「よわいつながり」と言う、自分の事を大して知ってるわけじゃない人とのつながり。
これが、新しい(思わぬ)自分を発見するのに大いに役立つ、という。

例えば、今転職をしようかなと思っていたとして。
自分をよく知ってる人なら、勿論深く考えて返答してくれると思いますが、それはあくまでその相手が今までの自分からいろいろ推測・考察をした上での答えになるので、結局ある程度予測の範囲内になる。
一方、ついこの間知り合いました〜ぐらいの人だと、「こんなこと出来るんじゃない?」って、えーナニソレそんな選択肢しらないよ、ってのをわりと平気で投げてくれる。
それが、自分の可能性を拡げるのでは、という。

すごーくわかる。


先に紹介した携帯フル稼働!の話は、その知らない土地に飛び込んだ時に自分がキャッチしたワードをググって自分の知識(リアル)を増やそう、みたいな話。
ちょっとわかる。
でもちょっと待て。です、私はね。

本当に度肝を抜かれるようなワードは、後で調べてもジワジワきますよ。
だから、その時は目の前の風景や状況に飛び込んだほうが?て思う派です。

ま、実際著者の方も、本でこそこう書いてますけど実際のところは後で調べてるかもしれませんから。なんとも言えない。笑
ていうか人それぞれだし。


他にもちょっと思うところがあって、この本は非常に面白かったです。

別に100%賛成するのがいいわけじゃなくて、むしろこのぐらいの方が対話のしがいがありますから、面白い。


以上、やっぱりKindleって何やかんやで便利だなあ。と実感するKでした。
ちなみに「弱いつながり」の方はKindle版あります。興味ありましたら是非。

2014年8月26日火曜日

文具を求めて。

桃が大好きです。

も-もい-ろの♪ Kです。

(・・・はいはい松浦亜弥古いとかそういうツッコミは予想済みなんで大丈夫ですよチクショー)


文房具マニア!!というわけではないんですけど、文具好きなんですね。
そういう雑貨屋さんとかチラチラ見るし(買うわけでもないのに)、ガジェット好きですけど何だかんだアナログです。
ノートとかメモとか愛用してるし。ペンとかも何だかんだ同じモノに行き着くことが多いのですが、常に良いのないかな〜っといろいろ見ていたりします。
ノートもペンも、いくつ合っても腐らないしとか言って。。。笑


で、このシリーズのノートを探してるんですが、どなたか買える場所ご存知ないですか?
もう製造されてない可能性もありますが・・・

右が表紙。パリのメトロをモチーフ?にしたノートで、他にも違うデザイン・色で販売されておりました。

このノートの何が良いって、

  • 方眼で
  • ポケットがついてること
  • リング式だし
  • A5ってのがちょうど良い。

他にもスリムなタイプとかも手帳で結構愛用してました。あれはサイズは何になるんだろう。。B6?

この条件に合うやつだと他にはロールバーンもあるんですが(で、結構使ってたりとかします。あれの、やはりスリムなやつがヒジョーに使いやすかった。)、・・・今のところこれが薄すぎず厚すぎず。まあちょうど良いんです!(くどい)

情報求むm(__)m


ノートに関する話は、先日読んだ松岡修造さんの本にも、長友佑都選手の本にもありましたが、一番最初はやっぱりマリノスの中村俊輔選手ですね。



読書の仕方についてつらつら書いてる本とかを読むと、読書ノートをつけたまへみたいなのもありますね。
愉しみとして、ではなく勉強として読書されてる人なら、読み終わった後に内容をまとめるとか気になった言葉を書き留めるとかすると、やっぱ違うものですね。
自分の実感として。

あとは修造さんが、「ブログとかそういったネットで公開されるもの、ていうのは、自由に書いているつもりでも見られていると思うとどうしても取り繕ってしまう。しかし日記であれば、自分しか見る人がいないから正直になれる」というようなことを本で言っていた。
この俊輔選手の本でもやっぱり「(見せる想定ではなかった)ノートだから、素直なことを書いていけた」というような記述があるし。


言いたいことも言えないこんな世の中だからねー (ポイズン☆)


みんな、


素直になれよな☆



誰。。。 Kでした。





----オマケ----
先日読んだ長友佑都選手の本と松岡修造さんの本のリンクは以下です。前者は結構アッサリ読めるし、やろうと思えばすぐに出来る。でもココロの持ち方は大きく変わった気がする。後者は最近書かれた著書よりはカタめですが、読みやすいです。

気になった方は是非。







(文庫版あったんだ・・・ 知らなんだ。。。笑)

2014年6月20日金曜日

神奈川県の音大生が読書に夢中になったら-2

前回はいかにして私がハマったかというのを書いたので、今回はいろいろ読んでて(今のところの)おすすめ本と、最後に「活字大嫌いから年間100冊読破になる為のルール」を書いてみまーす。

おすすめ本

まあこれが一番難しいですが、今のところ、のレコメンド7冊・・・
全部読んでみても面白いと思いますし、なんとなく引っかかったのひとつ、とかで全然良いと思います。
ちなみに私がほんとに好きな本orよく読む本、であげていくとコレと被る本もありますが、ほぼほぼ小説なくなりますwこれは表向き用ww
アレー?

それでは、どうぞー!

-最初にハマったって本。



東野圭吾さんでごじゃーます。
最初こそ解説というか、シーンの描写に割く割合が高いかもしれませんが、多分最初の段階でハマったので、今読書をよくやるようになったのかもしれません。
活字そんなに得意じゃない人は、ミステリーから入るといいのかもしれません。

-良き妻!!!



Panasonicの松下幸之助氏の妻であるむめのさんのお話し。
佳き妻すぎる。お・も・て・な・し精神溢れすぎている。
下手な啓発本に当たるぐらいなら(失礼)、これ1冊読んでみたほうがいいです、と読了後に思ったようです。笑


-この本読んでから私の部屋は結構綺麗です。


佐藤可士和さんですね。一番最初に読んだのは、続編?の「佐藤可士和のクリエイティブシンキング」でした。これもまた面白いです。
で、この本を読んでなのか。片付けって面白いな、と。
以来、わりと何でも整理したがる性分になりました。ちょっとだけ。笑
というのもあって、自分の部屋はここ数年ずっときれいなのですよ。(単に、使ったものはしまうというのを習慣づけただけですが。。。)

デザイナーさんって面白い考え方持ってるんだな、と思った1冊でした。


-同じくデザイナー。でもなんか、緩い。笑


最近ブイブイ言ってる?、佐藤オオキさんです。
ガムのACUOとか、消臭のやつでシュパッと出てくるのはこの人のデザインのようです。
この人も、あ〜考え方面白いなあと思って。あと、特に書くのが生業の人じゃないはずですが、上手い。笑
ので、ちょっと笑いたい時はたまーに読んだりします。って言ってまだ2回ぐらいしか読んでませんが。(なんだよw)


-この人はしゃべるのが本業



TBSアナウンサーの安住さん。これ、笑えますw
でもすいません、図書館で借りましたwwゴメンナサイw
面白いのは、日本語が丁寧。なのに、なんか毒づいている。笑
とりあえず電車で読むと危ないです。ただし好みはわかれるかもしれないのですが・・・w


-アツい!池井戸潤。



半沢直樹のシリーズの著者です。
実は半沢〜より私はこっちを先に読みました。そしてなかなか面白かった!!!
そういえばこれ、WOWOWで映像化されてますね。池井戸作品は映像化しやすいのかなあ。


-タイムリーだから。ていうわけではなく・・・



なんとびっくり今リンクつくろうと思っていろいろ見てたら文庫にまでなっておった。。。
はい、サッカー日本代表の長谷部選手の本。多分サッカー関連本のわりと先駆け的な?
(でもその前に中村俊輔選手も本出してたけどね)

先日、思い立って読み返してたのですが、いやー、いい本。
多分もう2回以上読み返してますが、いつでもこの人との対話(=読書)は面白い。

しかし、真面目まじめと言われている長谷部選手ですが、読んでいると若手や他のメンバーに突っ込める隙をつくろうと工夫されているように思う。
そう、そういう隙がないと、周りはなかなか入っていけないですからね。大事だいじ。と思うのでした。


活字大嫌いから年間100冊程度読破になる為のルール

ズバリルールをもうけない!というルールなのですが・・・汗
(せこいとか言うな)
でもルール、あるかもしれないので挙げてみます。


  1. ○冊とか具体的な数字を求めない。
  2. 興味ないものは無理して読まない。
  3. 読書欲無いなら読まない。
  4. 読んだら読書メーターつける。


1
なので、これのサブタイトル?も100冊"程度"なのです。
大学1年の時こそ100冊以上読んでましたけど(それを目指してたのもあって)、去年とかは途中パタっとあまり読まなくなったのもあって、結局89冊だったよう。(読書メーターのデータで)

2
人に勧めてもらって、とか自分で興味を持って読んでみたも、最後までいかない本とか結構あります。
が、本は腐らない。
ということで、その時最後までいかなくてもいつかまた読み返せるなと思って、その時は無理して読まないことにしています。
基本的に読書は趣味です。確かに、最後まで難しいの読んだったでー!!という達成感というのもあったりしますけど(笑)、難しい本=すげーいい本とは限らないので(というのとその時自分が吸収出来るかっていう相性みたいなものもあるので)、無理はしない。

3
先ほどちょろっと言ったように、去年の夏あんまり読まなくなったんですね。
旅行とかで移動の時に読んだりもしてましたが、なんやかんやでその旅行先で得たものをまとめるようなことに時間を使ったり、・・・というか若干飽和状態みたいなところもあったので、本を手にとってもあんまり興味なく・・・
という時期が、ありました。
でも気にしない。読書は勉強の意味もありますが、とはいえ趣味なので。

あと自分のお子さんに読ませたい場合、勉強しなさい!と言って勉強しないのと一緒で、本ぐらい読みなさい!とか言っても読みません。。。
(昔ハリー・ポッターとか半ば嫌々読んでましたけど、横文字嫌いなため面白くなかった。。。)

4
これがある意味モチベーションなのかもしれない?笑
読書メーターというサイトがあって、要は自分の読書の記録をつけていくというもの。

いつ読み終わった、というのだけでもいいし、200字程度で感想もまとめられます。
詳しくは私の場合読書ノート(あ、これは紙です。笑)にまとめたりもします。読書量増えるとこっちサボリ気味になりますが、やはりちゃんと書いている本に関しては自分の中の定着率が違うような気がします。
やっぱり「お!」と思っても、書くなりなんなりしないと人間忘れてしまうものですゆえ。


ということで、皆様も是非読書にハマって私にお勧め本を紹介して下さい。(そこか!)


そのうち、お勧めは出来たり出来なかったりだけど私の好きな5冊みたいなの挙げてみよう。(またやんのか。。。)

以上、ニッポンまだまだがんばれー!!! Kでした。アデュー。

2014年6月19日木曜日

神奈川県の音大生が読書に夢中になったら-1

・・・気がついたら読書ブログになっている・・・

が、言っておきます。
このブログは神奈川県で音大生やってるKが深いようで浅い音楽の話にフォーカスしながらその他諸々の好きなこともひっちゃかめっちゃか書いていくブログです。

・・・ひっちゃかめっちゃか・・・笑


さて、今度ね、そのうち、楽器歴というか何で私がそもそも楽器を始めたんですかっていうのを書いてみようかなと妄想しておりまして。
「小さいころからやってたんですか?」て言われますが、サックスに特化すると、NOです。
大体の人がそうであるように、私も中学校の吹奏楽部から始めて・・・ という話は追々書くとして。(あ、でもこれはホントの話です)

読書。
これも、最近でこそいろいろ読むようになりましたが、何も幼少期から本に親しんできたわけじゃありません。あまり胸張って言うようなことじゃないんですけど。笑

ということで、今回は私の読書歴?とかをなんとなーく振り返ってみようかと思います。
本に目覚めたきっかけから、本のチョイスの話、おすすめ本、てことで書いていきます。
まだ読書の面白さに目覚めてない人にも是非!目覚めて欲しいと思う今日このごろです。


ハマり始めた頃。

高2です。
それまで新聞は興味のある項目だけ読んだり、本は・・・ あまり、でした。特に小説は全然読まず、読んだとしても実用書?(うまくなろう!サクソフォーンとか笑)を読んだりする程度。

それが、母に読んでみれば?って勧められた「容疑者Xの献身」(東野圭吾)。
普段だったらそもそも本を全然読まないので勧められないはずが、まあ勧めてこられたので読んだんですね。
最初の方はよくわかんないなあ〜(想像力皆無)・・・とか思いながら読んでましたが、割と早い段階でハマりました。あ、これ面白い!!と。

最初の頃こそ、「あ、こんなに読んだんだぁ」という達成感(笑)と、ミステリーって面白いな!というのと。
ってことで、しばらーーく東野圭吾を片っ端から読んでました。高校の図書館、充実してたな・・・

ただ、段々飽きてくる?んですね。笑
てことで次にハマったのは伊坂幸太郎。アヒルと鴨のコインロッカーに始まり、ほぼほぼ読んだなあ・・・ ゴールデンスランバー、SOSの猿、オーデュボンの祈り・・・
その次はチームバチスタシリーズの海堂尊。綿矢りさも読んだなー。

そういえばあまり未だに読んでないけどそのうち読んでみたいな(と言いながらまだ読んでない)、というのは、重松清。
村上春樹は読みましたが、最初の3ページで今のところ挫折してます。(ノルウェイの森。。。)
なので、思うのは、必ずしも口コミがいいからって自分も楽しめるかどうかっていうのは別。

小説の次は、「本読めるんだ、自分!」と思って、それこそ実用書というか、いわゆるビジネス書もいろいろ読んでます。あと自己啓発本?
最近自己啓発本ちょっとお腹いっぱい気味ですが、それでもやはり何かと読んでいます。

それからエッセイ集の類。浪人時代は特にこれよく読んだな・・・
三谷幸喜、堺雅人、君塚良一(脚本家)、安住紳一郎(アナウンサー!!)・・・
よしもとばななも読んだかもしれない。


本はどうやってチョイス?

最初の頃はそれこそ同じ作家で攻めていってますので(東野圭吾→伊坂幸太郎→海堂尊・・・)、とりあえずテレビで実写化したな、とか面白そうだな、と思った作家順に手にとってった感じです。

そのうち、友達と本読むようになってさあ、って話をすると、これが面白いあれが良かったなんて話を聞けるので、それを読んでったり、とまあ口コミですね。
(誰だよさっき口コミがいいからって良いわけじゃとか言ってたの。)

それがまたそのうち読書家の人にどうやって本をチョイスしてるんですか?って聞いたりして。
バイト先の人で本読みがいたので聞いてみたら、週に2冊ぐらい読む。1冊は趣味というか楽しめる系、もう1冊は勉強系だ、というので、それに素直に従ってみたり。

今は特に縛りみたいなものはなく、素直に読んでみたいなと気が向いたものを選んでいます。
でもそうするとやっぱり同じ作家を攻める傾向にあるのですが、だいたい著書の中で「この本で○○さんはこういってる」「この本がよかった」って話をしてるので、だいたい読み終わったらその本を開いてみるとか。
・・・顔こそ合わせないけど、結局それって口コミみたいなもんですね。笑


あるいは最近でこそ図書館に足繁く通うようになったので本屋さんに行くこと少なくなりましたが、以前は本屋さんで平積みされてるもの、とか「面白そうだな」と思ったものを特に読んでました。
結局、直感か。笑


図書館?本屋?はたまた・・・

最近でこそ図書館ですが、浪人生の時なんかは本屋さんでよく買ってました。
バイト結構してたこともあって、少しは貯蓄があったのもありますが(笑)、それでも当然買うと、・・・当たり前ですがたまるんですよね。。
で、だんだんスペースが無くなってくるのではと・・・

というのもあって、ていうのとせっかく学校に図書館があるのですから、よく利用してます。
たまーに毎日行ってる週があって自分で引いてますw(引くなよ)

勿論今でも買うこと多々ありますが、あと使うのはKindleですね。
普通に紙で買うより若干安いです。あとタイムセールで安かったりもするし。

電子書籍ってどうなんだろう?と思っていたものの、やっぱり良いです。便利。すごーく。
特に旅行先でその威力を発揮します。勿論それ以外でも!
そして何よりかさばらない。から、本棚のスペース変わらーず。

ただ、やっぱ紙の方が良いなと思う点もあって。(書き込める〜とか。一応メモの機能はあるし、以前より使いやすくなったけど)
なのでどっちか一辺倒になるということはないです。

あー、そういえば書籍を買ったあと、どうしても読みたくなって電子版を買った本が3冊ぐらいあります。よく読みたくなる本とか。
私が使ってるのはKindleのPaper whiteなので、2週間ぐらい充電しなくてもイケるのが良いですね。はい。

最近、店頭で電子書籍を買ってもらうサービスを実験的に?始めた書店があるんだそうな。
どうなんでしょう? いや、いい悪いじゃなくて、どうなっていくのかなあという好奇心です。


・・・長くなってしまったので、おすすめ本は次回にしまーす;)

2014年6月18日水曜日

心を整える Again

どのへんがAgainかっていうと、このへんが。(旧ブログに飛びます)



そう、サッカー日本代表のキャプテン・長谷部誠氏の本。
今私の手元にはなく人に貸してるんですけども、なんとびっくり少し前にKindle版で買っていたんですね。ワタクシ。

(ちなみにそういう本は他に2冊ある・・・ だって旅行先とかでも読めるじゃん!!Kindleならさァ!!!)


ということで、ちょっと思い立って読み返してみました。
ま、わかってましたが、やはり読書というのは同じこと読んでインプットしてるつもりでも、拾い方とかがその時々によって違うこと違うこと。
今回も読んでみて、ハイライトしたいなと思う位置が違ったりして。いい点検になります。はい。

というのは。
最初にまずこれ買った時。 ー浪人生だったんですね。
なので、ほしいと思った所で束縛が特にないが、自制しなければいけない分、そっちはそっちで大変。
そして今。 ーダイガクセイなんですね。
束縛めちゃくちゃありますw 身を委ねれば良いところもあれば、でも委ねてることすらわからずにいるとそれはただ流される、になります。
どちらも違う難しさがある。
また、今年門下のドンをやっているもので、それこそキャプテンみたいなもんです。笑
なので、この本にそういうリーダーシップじゃないけど、そういった要素も求めながら読んでみました。


最初に結論?を言ってしまうと、いや〜やっぱり長谷部、男前っす!!!って月並みな事しか言えない自分の語彙力の乏しさを嘆いています・・・ 読書ですよ・・・ 英語だけじゃなくて、日本語の語彙力も磨きたいですね。

(以下はちょっとずつ変わってたりと抜粋ではないです。ご了承下さい。)

◆選手同士は年齢に関係なく平等だし、誰が偉いなんてことはない。気さくに、それでいて真摯に思ったことを言い合える関係を築くのがプロフェッショナル。


これは大学に入って、しかも特に3年生ってのになった今、ものすごく気をつけたいところ。
確かに後輩が、(例えば合奏だったら)譜面台とか用意して、というのが通例ですが、そもそも何故それをやるのか、そしてそれをやってもらったなら、それを当たり前と思わず感謝すること。
なんかこう、用意してもらったりとかするとつい自分が偉いんじゃないかという錯覚に陥ったりしますけれど、それは違いますよ、と思っていて。別に私が偉いから用意してくれるわけじゃない。
し、学年が上だからって偉い事もない。と言うのが私の意見ですし、後輩もそれぞれ素晴らしい意見や哲学を持っているとか、尊敬すべき存在は沢山います。
どうしても、後輩だから、と妙にへりくだって喋られると私はちょっと引いてしまうのと意見を引き出しにくいなと思うことがしばしばあるので(勿論そうじゃないこともありますが)、出来る限り気さくに、少し隙を作って話しかけて貰えるように気をつけたい今日このごろです。
もっと言うとむしろ敬語とかやめてほしいと思うくらい・・・笑


◆正義感が強すぎて、真面目すぎると、かえって周囲を締め付けることがある。


この著者ほどじゃないかもしれませんが、私も結構正義感が強い、というか頑固チャンなもので・・・
最近でこそ、"正しい事"はその周りのコンテクストとか背景によって変化するとは思うのですが、それでもやっぱり気が付くと、「押し付けてるなあ」と思うことはしばしば。
カッとなると周りをあまり見てなかったりして、結局それは周りを締め付けるとか自分がそれこそ損をする、なんてことがあります。肝に銘じて・・・汗


◆勇気を持って進言すべきときもある。


なんかめんどくさくなってしまって、進言することを諦めてしまう事が増えたんですが、やはりこれはよくない。流されているなあ。

というのは、進言するのは何もいちゃもんをつけたいわけではなく、例えばこの著者の例で言えばチームを良くする為であって。
でもそこでやはり、「俺が偉いんですよ」みたいな顔をしたり上から目線になってしまうと、そもそも話を聞いてもらえず、(サッカーの場合なら)監督から本当に干されてしまう場合もある。
聞いてもらえなければ意味が無いので、やはり言い方はとても大事ですね。
個人的には、相手に敬意を払う気持ちや、尊敬を示すのが大事なように思います。


◆努力や我慢は秘密にすべきだ。なぜなら、周囲からの尊敬や同情は自分の心の中に甘えを呼び込んでしまうから。


秘密にしすぎもどうかなと思う今日このごろですが、但し、尊敬や同情は確かに自分の心に甘えというか、油断を作る事になるとは思います。
なんていうか、緩んでしまうんじゃないかな、何かが。

そして私はその緩んだものを自分で常時引き締められるか?と言ったらそうではないので、やはり普段から同情を呼びこむようなことは出来る限りしたくないんですね。

ていうか尊敬されてても、人間変化しますから。
勿論、尊敬してもらえたら嬉しいですけど、それをそのまま鵜呑みにし過ぎないようにしているかもしれません。・・・真面目?汗


-オマケ-

「群れない」という項目?があって。

そういえば、私も昔から同じ子と群れてるようで、全然違う子と一緒にいたり、わりと誰とでもいたなあ。今でも割とその感じがあります。
(ていっても他の楽器の友だち全然おらなんだ・・・ あれー?汗)

あんまり、1人の、あるいはひとつのグループにずっといることを好まないんでしょうね。
それならいろんな人といろいろ話していたいなあ、というか。いろんな価値観に触れたいのかな。
あとはこの著者と同じく、グループに甘える関係になるのが嫌なんだと思う。と、自分で思ったことはないものの、多分そう。
ただし、これはひとつの考えであって、仲間どうし支えあうのもまたいいとは思うんですけど。


読み返してみて、結構ダブるところがあって面白いなあと思う所、私にはないけれどそういうの欲しいなあと思う所、そしてそれは私にはなくていいかもwwと思う所もあります。

ただこの本の、というか、彼の凄いなとおもうところは、(私が思うに)出来る限りフラットな目線で書いてあること。
そしてやはり、きちんと哲学を持ってる人はカッコいい。

そういう人の考え方や言葉に触れたいから、読書は最近量こそ減っていますが継続してずっとやっていきたいなあと思うし、直に触れていく機会を作っていこうと思うのでした。


以上、ワールドカップににわかファン程度のつもりのはずが結構ハマって見ているKでした。
やばい、個人的にガーナVS米国が激アツでした・・・!!!

頑張れニッポンー!!!!!!

 

(こっちは文庫版です)

2014年5月18日日曜日

最近の読書話。

ご無沙汰でした。

3年になって、ちょっとバタバタとしていたら、もう5月も終わりに差し掛かってきました。
やっぱり、facebookとかtwitterって手軽なんですね。って改めて思ったりして。

最近の読書の備忘録として。


文化に投資する時代



よく学校の図書室を利用するんですけど、これは学校の図書館でフラリとしていたところ、「あ、なんかいいな」と思って。
(いいなポイント→ 本が赤い)
ちなみに帯はなかったから、鷹の爪とか読んでみるまで全く気が付かなかった。笑


これは広告業界から金融業界にいった人、金融から映画の世界に?飛び込んだ人がそれぞれの仕事や立場から考えたことや経験したことを書いていくというもの。
先に言うと、これ結構面白かった。

広告業界と金融なんて水と油、みたいな感じだし、考え方が極端に違ったりするのだけど(お金に関することとか顕著)、だからこそ、この著者のような橋渡し役が本当に重宝されるのでしょう。
ちなみに音楽の世界やフリーランスの人たちだと、それこそギャラのこととか聞きづらくて、とかお金でやってるわけじゃないから、となってしまう傾向にあると思うのですが(私も実際その感じがある)、それは裏を返せばお金にルーズってこと。
勿論そういう気持ちがあるわけじゃなくても、根本的な考え方が違うと、そういうふうに取られる事がある。

スティーブ・ジョブズが「理系と文系の交差点に立つ人」が必要だのどうだのと言っていたけど、要はそういう事、というか・・・
まさにこの著者がそういう人であり。


映画が趣味で、金融の世界に身を置くもう一方の著者は、
消費者行動が変化してきたという話(*)に変わってきた)や、
エンタメ業界の流れも、成長(共感できる、リラックス出来る、他)を拠り所にしてきたが、コミュニケーションのために消費されるようになってきた、という話であったり。

*AIDMA(Attention→Interest→Desire→Memory→Action)からAISAS(Attention→Interest→Search→Action→Share)へ


この話は確かこの本にもあった。
 

どの業界においても、この流れはきっと同じで、これを元に今頃広報をする人とかっていうのは戦略を練っているのでしょう。

でもそういう理論?的なことだけではなく、意外と(といっては失礼だけど)血が通った言葉なんかもあって。

運やツキは、志と人の縁を大切にすることで巡ってくる

と述べていますが、本当にそのとおりだと思う、今日このごろです。


ちなみにどうして帯が鷹の爪なのか(ちゃんと理由があります)、気になる方は是非お手にとって読んでみてください ;)



文化経済学のすすめ




実はこの本、平成3年に出版されたもので、・・・私の生まれた年でもあります。汗
余談ですがこの本、10年以上図書館で誰にも借りられず眠っていたようで・・・

ただ驚くことなかれ。
案外書いてあることは今に通じる、というか今まさに企業のひとたちがやってるぞ、というようなことだったり、やろうとしていることだったり。

CI(コーポレート・アイデンティティ)の話や、そのブランディングをする上で音楽や芸術が利用されることだったりについて書いている。

しかし面白いのは、この芸術を積極的に社会生活に取り入れようとしているこの国の動き、社会の動きの中に、私達世代のゆとり教育のはじめが見えたように思う。

というのは、そもそも何故企業はイメージをあげようとするのか?
それは、今までの働いてお金を稼いで、そのお金を消費する事で日々をやり過ごすというな味気ない社会に終止符を打たんとして、ということなのかもしれない。
というのは、この本の「ものの『ゆたかさ』からココロの『ゆたかさ』へ」という話に通じる。

この会社で働くことで、社会にこういう事が出来て、こういうやり甲斐(=ココロの豊かさ)を得られる、と。


だから、そのいわゆるゆとり教育というのも、今までの詰め込み型の味気ない教育に終止符を打たんとして始まったものであり、その考え方自体は間違ったものとは思わずとも結果的には上手くいかなかった。(から、揶揄される)
と、そういうことだろうか。 深読みかな。

でも何がいけなかったんだろう?
台形の面積の求め方を知らないのがいけないのか?(ちなみに私は知っている)

ていうか別にゆとりだからと言って、詰め込み型に結果的には変わっていない。
なので、根本的に考えるということが圧倒的に欠如しているのか、確かに最近想像力がないなあと思う場面はしばしばある。自分にも他人にも。(スイマセン。)

その想像力を育てるのに芸術は有効なのか?
というか、想像力が豊かになれば、日頃の仕事にも良く作用し、また芸術文化普及に何か道筋は出来るのか?

供給側の、芸術活動をする上での問題として、この本の中では
いい企画を思いつく人がいない
というのをトップに上げていますが、あくまで平成3年時点での話。
今はむしろ、どうなのでしょう。 実演家も増えた。お客さんもきっとこの頃よりは育ってきたように思う。

私は多分、受容出来る芸術(エンタメ)が増えて、多様化したことがやはり大きいのかな?とおもうのですが、果たして。
多様化した=音楽に興味がある人が減った、ではないと思いますから、やっぱり仕掛け方がちょっと違うのかなあと。


あと金銭報酬についてのはなし。
日本には元々、お稽古事の文化があり、何かを習うことはごく普通に行われてきたように思います。(茶道や華道、・・・etc)
しかしそれらはいずれも、余裕のある人たちの嗜みのようなものでしたから、芸術なども「ぜいたく」とみなされ、ぜいたくを国や財団が支援する必要はなく、「贅沢を求める人間に報酬など少なくて当然だ」という意識を支配的なものにしているのでは、と。

恐らく、そうです。

しかしそれは、違うのではないか。

この本のなかで、「それはタダ乗りしているようなものではないのか」と言う。
タダ乗り、に対する意識の違いはそれぞれあるでしょうが、私はやはり何かをしてもらった/与えたなら、それに対する報酬や対価は払うべき/貰うべきであり、贅沢は敵だというような考えよりは、贅沢は素敵だという考え方に21世紀はシフトしてもいいんじゃないかと考えている。


この本が出版されたのは1991年。 現在、2014年。
この後、どのように芸術文化は変化し、生き残り、あるいは衰退していくのだろうか。



ところで、この2冊の本。
どちらも本の中にしおりがなく、大体そういう時は何かしらのカードとかを挟んでいるのですが、たまに自分が借りた時にレシートが入ってたり、逆に自分が挟んだまま返してしまうことがあります。

これ、ちょっと要注意です。。

以上、診察券を挟んでいたがために矯正歯科にしばらく電話が出来てなかったKでした。
しかし戻ってきて良かった・・・汗(学校の図書館で良かったwww)