2013年2月18日月曜日

Spring Break!!!


Finally all of exams are over! Now I'm in spring break!!! Wow...!!!


My performance was not so good as my pracice, and pre-concert.
It is just one of those things...(--;)

After I finished my performance,"Concerto after Gliere" written by Canfield, I asked some teachers of judges and some of them knew it!!!
I thought no one knows this piece, I was feeling happy and they gave me many feedback.

Almost teachers never heard this piece but it was becoming their first time to hear!


After the performance, I thought I just played tones on the score, not played music, not lived in the world of music.
I want to live in the world of its music has when I play.

Few years ago, I was just playing crazy with music and many times broke up my music(--;)

But I'm playing line machine because just I'm playing tones and emotional are gone.

...No, actually, I always have many emotion and try to find what I want to do and what I should do in this music.


Yeah, it is "should be".
I tend to pursue "what I should play in this music".

Of course it is important factor for playing classic music to respect and follow style the music has.
Some people says it is fine but I always want to pursue "what I want to do" and "what I can express".

I believe all music have a side which is still not appeared.
Some musicians express to show the untold story even the piece have been played sooooo long time.


And, I want to play well to be freedom.
When I play all things, it means I can be free.

...I can't express in English though :P


Maybe I think I want to be like these musicians.
Little bit eccentric but according to the style-- If I can play like this, I will become the musician who express something new but know the style well.




Well, I feel it's been a long time since I was writing english article last time, so maybe I wrote some weird english sentences :P

Please let me know if you can't understand well and feel free to give me some feedback!




そんなこんなで試験が15日に終わりまして、無事に春休みを迎えることとなったのですが・・・

一応、期間としては、2月半ばから3月末までの1ヶ月半(これでも短いらしい。)あるわけですから、やったぜー家でこたつでヌックヌクー!ってなるかとおもいきや、
私の春休みは合わせ、合わせ、合わせの3本です!w


うん、充実している春休みです。(白目)




ところでその試験なんですけど、
一応7分以内の自由曲ってことで、以前書いたとおり、キャンフィールドのコンチェルト・アフター・グリエールっていうのの1楽章をやったのです。


審査の先生方誰も絶対知らないだろうwと思ってやったら、なんと初演(タイのサクソフォーン・コングレス)で聞いた先生、そしてちょっとだけだけど知っているという先生・・・

ちょっと嬉しかったです。



そうだなあー、やっぱり本当の本番では、
試演会や練習で間違えないようなところで間違えたりとかして、「んなああああああ」ってなってしまいましたけど、それが本番ってものなのでしょうがない。

だからなのか、最近ちゃんと、きっちり演ることと思っていたのですが、
今度は無難に行こうとして地味でただつまらない(プラスノーミスでもないので無難でない=狙ってるとこ狙えてない)という自体に。。。

以前までは、うりゃー!!っとやりたいことやって、やれてもミスが目立ったり、崩壊寸前までいくこともありました。。

なので、ちょっとその両極端を今行ったり来たりしている感じなのかなあ。


それが見透かされているのか、「淡泊なんだよね。ちょっと物足りないというか、もう少し魅力や、ハッとするような何かが欲しい」というコメントをもらったりして、あ〜やっぱりそうだよなあなんて思ったりする。

正直言いましょう。
もどかしいですよ。

ただ音符の群れをなぞるのはつまらないんですよ。


でも、ちょっとその鍵を今回で得られた気がします。 ーというか、忘れていただけなんだけど。


私がなんでサックスうまくなりたいって、自由になりたいからなんですよ。恐らく。
というのは、「上手くなる」ってなんだろうっていうのを考えた時に、出来ないことがなくなる=出来ないことによる不自由さがなくなる=自由になる、じゃないかなって。

英語版ではちょっと違うこと書いたんだけど、これもまたひとつ。


つまり、今はこれは出来てあれは出来ないという制約の中で表現をしている。常に、何かに縛られているんだと。



今本格的に合わせが始まっている、3月の鹿児島公演でやる「Four pictures from New York」て曲がありまして、それのソリストとの合わせが昨日あったんです。
(※コンチェルトみたいな感じでやるんですね。で、私はバックの一味)

すごく好きなんです、この曲。和声が劇的に変わったり、めまぐるしい感じとか、哀愁?とか、そしてその上にのっかってる、常にどっか切ないなあーという旋律とか。
(ポエマーか。)


昨日、それ吹いてる時、「ああー、音楽の中で生きてるかも。」って。
全然メロディーとかないんですけど(笑)、メロディーとのハモリとかもそんなにないんですけど(汗)、それでも、あの和声を自分が作ってるなあとか、周りが作ってる音(世界観)のなかで埋もれる感じとか。悪く無いっす。


自由って清々しいじゃないですか。


それに似た清々しさが、あの曲をやってる時にあったのです。



ということで、今振り子運動みたいになってる自分の表現についても、なんだろうなあ、過去に自分が行った再度と、反対側のサイド。
両方をやったのだから、真ん中にそろそろ行かせてあげたいなと、そういう感じです。

というか、そんな事すらもどうでもいいです。
そういうことからも自由になりてえー。



そんな感じの今日このごろ。



以上、Kでしたー。