2015年2月5日木曜日

連続Blog小説「Youは何しに金沢へ」 第2話

白状する。

だいぶ小説風に書くことに対し、飽きがきている。

何故このような書き方をしようと思ったのか ーそのためにも、金沢ノープラン旅について触れないわけにはいかないのだー・・・。



   *


かの川端康成は、国境の長いトンネルを抜けると雪国であった、と言った。
私は雪国を読んでいないにも関わらず、知りもしない川端康成に思いを馳せながら、小松空港へと降り立った。

そして、短い可動橋を抜けると確かに雪国であった、がしかし雪はほとんどなかった。
天気は曇り。時折雪が降ったりやんだりの繰り返しで、生ぬるい程度に雪国の洗礼を受けながらの観光。


石川県の真ん中に位置する金沢市は来る3月に開通する新幹線の開業に湧いていたようだった。


この日がちょうど40日前で、「春をつれてやってくる。」とか言っても40日前のきょうは、まだ2月なのだ。
先に断っておくが雪こそ積もってはいなかったが寒かった。この後この寒さがジワジワと我が身を襲わんとするのを、この時はまだこれから起こる楽しいことに思いを馳せている私は気が付かなかったのだ。

しかしこの写真を撮る前に、既に少しだけ心が折れていた。

話は一時間前に遡る。


小松空港から金沢市の私が降りたバス停までは一時間弱かかる。
その道中、iPhoneの画面を操作しながら私は情報を探した ー金沢21世紀美術館の行き方、及び休館日の案内を見るためだ。
まさか、そう、私は恐れていた。まさか、美術館が休館日なんてことはなかろうか、と。

忘れものならば、買えばいい。
パンがないなら、お菓子を食べればいい。
しかし、美術館は、展示が月曜日お休み、と表示しているのだ。

木村は激怒した。必ず、かの自由奔放な己自身をどうにかせにゃあと決意した。
木村には政治がわからぬ、が、木村は、デジタルネイティブである。笛を吹き、iPhoneやMacBook Proと遊んで暮らしてきた。
情報に対しては、人一倍に敏感であった。

はずだった。

そうだろう、そうだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!!

幸い、休館日、というものは存在せず美術館そのものは開いていたので、とりあえず訪れてみることにした。
(写真がちょっと暗いなあ。後悔。)

一面ガラス張りの建物で、ずっと直に見てみたいと密かに憧れていたのだ。
建物はきれいな丸になっており、黄土色になっている草木の上を雪が覆ってあった。天気が悪いため、せっかくこの面白い建築を写真におさめたいと来たはずなのにカメラを向けることさえためらわれた。

勿論、中には入ってみた。しかし、明日の展示会に向けて準備をしている者、本日はお休みですと表示をしながらも中で件名に作業をしている司書の人、休場日という隙を狙ってやってきた撮影クルー、そしてきっと毎日のように来ている近所にお住まいのご年配の方、と断定出来る人。

ハッキリ言おう。
アウェーである。

もっとも、ここをホームだと思ったこともなければそんな期待もしていなかったが、コミュニティスペースにおいてあるソファに座って雪を眺めていても心やすまるばかりか、「このままレッスン変更のメールが来ませんように・・・」と祈っているばかりであった。
もはや、心どこにもあらず、だ。

もう一人の私が言う。
「いい加減にしなさいよ」
私は一応言い返した。
「何が。」
「レッスンの段取りなんてね、早めにやっておけば済んだ話よ!ついでに美術館の休場日だって先に調べておけば済む話。」
「そうですそうです」
はいはい、完敗です。長渕剛が聞こえてきますよーだ。
「それは乾杯でしょう」


そんなアホな会話を誰にも悟られぬまま、とりあえずハコそのものは堪能したということで、美術館を出ることにした。
出てみると雪がすっかり止んでいて、雲の隙間から光が差し込んできた。
ちょうどいい塩梅に、雨宿りになったようだった。
ありがとう、金沢21世紀美術館。I'll be back、とそう言い残して、美術館を後にした。


   *


次に向かったのは金沢城。

石畳である。
このような石畳の道が恐らく500メートル程度は続いていただろうか。木村には距離感覚がわからぬ。


実はこの門の前に来るまでにも少々苦労があった。
というのは、当初私が歩いていた側だと、階段のようなものがなく、反対側の道路に渡らなくては登れないようであった。
私は最初に気がついたのだが、渡ってみて向こう側に目をやると、地図の前で立ちすくんでいる観光者がいたようだった。
というのは、この金沢。
観光スポットに来てみると、実に外国人の方が多い。
何せ、何も考えずにすれ違った際に韓国語を喋っているもの、広東語、英語、・・・エトセトラエトセトラ。
しかしながら美術館はさておき、道路標示などが日本語しかないのだ。
海外からの観光者への施策はどうなっているのだろう、そんな事を思うのならば貴様がやればいいだろう、ーそんな思いが去来しなかったわけではないが、私の思惑はさておき、恐らくそうした事とこの先直面せざるを得ないのだろう。

さてこの金沢城。
入場料か何かで300円程度取られるというようなことをどこかで見たことがあったはずなのだが、私は一銭も払っていない。
何故か。

ズバリ、その入場料がいるエリアは大絶賛工事中であった。

あるいは整備中とも言う。

なんでもいいけど、節約旅行者にはもってこいな状況であったのだ。

悔しかったのでミニチュア仕様で写真を撮ってみた。



「金沢って秋とかにふらっと行くといいんじゃないの?」
後に母を通じ姉に言われたことである。
知らん、そんな金沢。これが私にとって金沢はじめて物語なのだから。

そしてこういうの(図1参照)がいろんなところにあるという金沢しか知らん。

図1
これが世に言う雪吊りである。
しかし今日の気候ならこれはただの観光地仕様でしかないのだ。
勿論、これがこの木を保持するために必要であるというのは知っているが・・・。

「ゆきずりの恋とか、そういうエピソードないの?」
もうひとりの私が問うた。
「えらいストレートだなあ。ゆきずりってなに?」
「ググれカスっ」
少し古い気もする現代的な返しを食らう。
「ゆきずり・・・ 道ですれちがうこと、偶然とおりかかること、」
「その次よ」
「かりそめ。」
私の頭のなかにはもはや仮面舞踏会しか流れてなかった。
「今日も、寒いわね。」


一人旅だと自分からいかなければ人とあまりしゃべらないのである。
しかも高い確率で海外からの観光客が多かった。
このまま私は最低限のことしかしゃべらないのかなと思っていた、その時だった。

私が金沢城の整備中ゾーンを外から眺めていると、初老の夫婦が通った。紙はブロンドで、いかにも欧米のいずれかから来ましたといったその初老の2人は、私に向かってこう言った。
「Good morning!」
私も笑顔で、「Good morning!」と返した。
海外では、初対面の人から話しかけられたり、逆に話しかけたりすることもまれに有るのだが、何故か私はどこか心を閉ざしていたのかもしれない。
そんな事を思った、と、ふと、私は一人旅という一見誰とも接触しない事を自主的に選びながらも、ほんとうは誰かとコミュニケーションをとりたいのでは、という矛盾を孕んだ思いに気がついた。
かの有名なサッカー選手が「孤独に浸かる」ことについて説いていたが、こうして一人の時間を作ることで、自分と会話をし、自らを知るのだ。

「ま、あなたは常にもうひとりの自分と会話してるじゃないの。」

ああもううるさいなああそんな月九で杏と会話してる和久井映見(亡くなったお母さん)みたいなことを自分でやりたいわけじゃないんですよわかるかなあああああ。


肝心の金沢城であるが、その整備中エリアや、工事中の現場が多かったためか、ただひたすら広大な土地が広がっていたという印象だった。
何もなく、ただひたすら土地が広がっている。
きっと季節が違えば、花が咲いていたかもしれない。芝生が青々としていたかもしれない。
冬の一人旅には寂しく、しかし新幹線の開業を今か今かと待つ金沢市民に同調するかのように、金沢城にも春の景色が広がることを今か今かと待ちつつ、城を後にした。


門を出ると、すぐに兼六園の入り口がある為、そのまま向かう人が多いようだ。
私はどうやら途中で順路を間違えたようで、大回りしてまたスタート地点へ戻る、というような、そこそこ不毛な思いをしつつも、また坂を登り兼六園へと向かった。


   *


編集者注: 続く兼六園は語らせるとそれなりに長いと判断した為、次回手短に写真でお伝えしつつ、そろそろ幕を閉じる準備に入ろうと思います。


著者コメント: えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ嘘だろうッッッッッ