2013年6月20日木曜日

SWITCHインタビュー<< 熊川哲也×藤田晋 >>

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The SAX最新号で、ドゥラングル教授が表紙&インタビューで載っていたので見ていたら、1ページ目に個人的にはすごくグッとくる言葉があった。
引用ではなく、うろ覚えですが・・・

伝統的な、クラシック音楽を演奏していくというのは、それを絶えず現代化していくことだ。
(略)
ずっと同じ事をやっているだけなら、博物館と一緒だ。



久々にキーボードを叩いて、調子に乗りますが・・・笑

先ほど、録画していた番組を見たんです。
NHKの(またか)SWITCHインタビューという番組。
プロフェッショナルとはまた全然違いますが、異なる世界のプロフェッショナルどうしが対談する、という番組。

小山薫堂さん×佐藤可士和さんとかはわかるんですけど(クリエイター同士?みたいな。厳密に言えば違うのかもですが)
なんで?wていうのは、葉加瀬太郎×宮藤官九郎。
これは一番謎で、だからこそ面白かった。笑


で、先ほど見たっていうのは、藤田晋×熊川哲也。
前者はブログのAmebaとかをやってる会社の社長で、後者はバレエのプロフェッショナル。
余談ですが、以前からずっと彼のバレエを生で見てみたいと思いながら未だ・・・ 今年中に行けたらなあ〜


何がどうなってこの二人の対談になったんだろうっていうのはわからないのですが、これがやはり面白かった。
以下、ネタバレ含みます。ネタバレが嫌でしたら、ブラウザを閉じちゃってください。
長いですから。笑 では。


敷居が低い/高いって何だ?


その対談の中で、バレエをいろんな人に見てもらうには、とか、その熊川さんのバレエビジネス?の話で出てきたりするんですね。


バレエをわかってもらう手段として、目の前で踊ることが一番手っ取り早い。
来てもらった時にはそれができるけど、来さすまでには、熱く語らなきゃいけない。
そしてそこに正直さがないと人は絶対心が動かない。

敷居が高いのは当たり前。でも日本は人が埋まらないから敷居を下げようとする。

・・・そうじゃない。

わかんないんだったら勉強しろよ、と。敷居を越えて来いよと言いたい。


そしてそれに対し、藤田さん。
売れないから下げたら、もっと売れなくなる。(その意見、)正しいと思いますよ。


実際、価格に関してのみになるかもしれませんが、
マクドナルドの原田さんが、「価値を上げて価格を上げる」みたいな話をしていたけど、まあようするにそういうことじゃないかな。


それにしてもまあ、このハイカルチャーを敷居を下げてみんなに知ってもらおうとしているような人が多い中、熊哲すごいよなあと思いますよ。
(いきなりキムタク的呼び方かよw。。。)

先日川越シェフが自分のレストランの食べログについて言及したら炎上したっていうのがありましたが、これ熊哲が活字で書いたら、それこそ炎上騒ぎとかなるんじゃないかなあとかw


でもですよ。
確かに、私も今までずっと、というか今でもちょっとは敷居を下げるべき、というか、取っ付けるフックぐらいはあった方がいいと思うんですが、
実際それで取っ付いて貰っても、その後一緒に上がっていくっていうのは難しい。

だってどれだけフックが低い位置にあっても、
人がとっ付いてくれるタイミングは違うし、速さも速くね?遅くね?っていろいろあるわけです。
いつまでも待ってるだとズルズルと下がる。維持できたとしても、上がりはしない。



遅くね?って人は、例え最初のフックから離れても、違うところにまた食いついてくれる可能性があります。
しかし、速いな、ああもう私はついていけません・・・ ってなったら、それはもう極端な話、というか残念ながらそこでおしまいだと思うんです。


実際、私はバレエ全然わかんないんです。ゴメンナサイ。
(むしろ、これは私はさすがに勉強しないとな、というか勉強したいなと。)

ただ、友達に誘われて行ったりとかしますし、
最初に熊哲のバレエを生で見たいと言ったのは、テレビで言ってる感じであるとか、踊っているところから「綺麗だな〜」以上の何かを感じるからです。
たぶんね、綺麗だな〜だけだったら、ナマいって申し訳ないですけどテレビで十分です。
でも、そうじゃないから、違うんだろうな。



ただ、もしですよ。
ドゥラングルさんが意図してるところではないと思いますけど、意訳をしたとして

絶えず現代化すること

が、もし敷居を下げることだったとしたら?
(※多分彼の意図してるところではないと思う、ともう一度言っておきます)
勉強せずとも楽しめる、それも安値で!だとしたら?


だってもし、誰も勉強してくれなかったら、その敷居を飛び越えてはくれないわけです。
そしたら、誰もお金を払ってくれないということだから、結局のところ生き残れないということになります。
生活できない。

人が芸術にお金を払う、ということは、
今の時代にそれだけの価値があり、(社会的に、あるいは個人的に?)必要とされているということで・・・
その証明が、ある意味お金に変わってるだけじゃないか?って思うんです。



来てもらう手段が違うだけの話ではないか。

今書いてて思ったんですけどね。

その敷居を下げるサイドも、その敷居を飛び越えてこいよサイドも、
結局のところは来て欲しい見て欲しい感動してもらいたいが目的なんじゃないかと。

で、来てもらうための手段が、
熊哲だと「熱く語る事」であって、
敷居を下げるサイドは、「実際見てもらう」あるいは「少しでも観客目線に立ってみること」なのかもしれません。

そもそも、私はその敷居を下げるサイドがじゃあ実際に何やってんのかって、あんまりわかっていないで書いてるところがあるんです。

じゃあ自分のいるフィールドだったらどういうことだろうって思うと、・・・ちょっと思いとどまる。

どこまでが「低い」?
そもそも「裾野を広げる」とどう違うのか?


アウトリーチ活動は「裾野を広げる」?「敷居が低い」?

そもそも、彼は「人が埋まらないから敷居を下げているんだ(けど、それは違うと思う)」と言っているけれど、それは値段の話?
それとも、そのバレエについて「これはこれこれこーいう歴史があって云々」って"わざわざ"解説してるあたり、「敷居を下げている」?


お金に関して。確かに、あります。
オペラとかでも、公演○日前になると、チケットディスカウントするようなシステムがあったりとか。
でもそれって最近だとホテルとかもそうですよね。
空き室(在庫)抱えるぐらいなら、安くても売ってしまえ、じゃないけど。



値段の問題

正直、ここに関してはどうこう言える問題じゃないんですけど・・・

別にぼろ儲けしたいわけじゃないですけど、ただココに関してはそれこそ値段を下げてばっかりじゃ、事業を続けられなくなる。

でも値段が高いと、やっぱりそれだけ敷居が高いのかな、とか初めての人は躊躇ってしまうっていうのは、すごーくわかります。


ああ、だからそうか、値段の部分の「敷居を下げる・上げる」か。
私はここに関しては、下げるべきじゃないと思います。先に挙げた原田さんじゃないけど。



「勉強」?

一応ね。中学校とかで多少はやってるはずなんですよ。バレエとかも。入り口案内程度。

興味が有る人には、とても便利な時代です。
即ググればいいんです。Wikipedia先輩が教えてくれます。ちなみにLinkは白鳥の湖の頁。

で、バレエに興味があるけどどこから見て・勉強していいかわからない人は、
とりあえずまずは行ってみればいいんじゃないかな。って思うんです。
それこそ熊哲のバレエカンパニーでも良し、適当に
「バレエ 公演 ○月」とかでぐぐっても出てくるんじゃないですかね。
それで、見た後に「へえ!」ってなれば、その公演について勉強すればいい。

しかも行ったら大体チラシとかもらえるし。そこからまた面白い公演を見つけてみれば面白いかもしれません。


だから、ここの部分では、何らかの活動をこちらから出来る余地があると思うんです。
敷居を、というよりは、裾野を広げる、なのかなあ。

(書いてて結局そうなりましたが)やはりそれは熱く語る事なのか。

内容は、そのバレエそのものなのかもしれないし、公演に対してのことなのかもしれないし。


今、そういえばそれに近いことを自分がやろうとしていて。
それは敷居を下げるということよりは、裾野を広げる、なんですね。

裾野を広げる→ 接点を増やす。最初のフックをつくる。か。


結局、敷居を下げる・下げないは値段なのかな。
そしてそれの落ちどころはどこなんだろうな。

うーん、ちょっと考えるにはいい機会になったかもしれません。


ちょっといろいろ削ったり書けてない、根拠が弱いところがあるので(それでも長い)
いろいろ突っ込めるところがあると思いますが。
皆さんは、どう思われますか。