2012年6月29日金曜日

これからの音楽の話をしよう


コンサートの話は昨日英語で書いたのですっ飛ばします。
今日はその行った時思ったこと。主に音楽をビジネスとして成り立たせることがうんだらとかそういう話です。

誰もしないから、書きます。

そういうお金の話とか嫌いな人はどうぞ、ウィンドウを閉じてください。それがお互いのためです。ちなみに具体的な施策があるわけでもありません。
ただ私は、もし職業音楽家をやりたいなら、プロの音楽を聞きたいなら(私からすれば「聞いてくれるなら」になる、と、いいなあ。笑)
この問題は避けては通れないし、むしろ避けてはいけないと思います。

いろいろ誤解を恐れずに書かせて頂きます。ツッコミがあったらどうぞ突っ込んでください。スタート。


チケットが高いということのデメリット

先日行ったコンサートは私は当日券で行きました。
どうやら前々から新聞の招待券とかいろいろあったようで。知らなんだ。。。(TT)

当日券はこのコンサートだけかもしれないのですが、A席とS席のみの販売。
ちなみにA席10000円(0の数は間違えてないよ)、S席はプラス2000円。高いね。
ちなみにちなみにすぐに売れてしまう、一番下のプライスでも恐らく6千円とか7千円。

こんなんでは、そりゃまあ誰もそうそう簡単にクラシックのコンサート行こうとは思わんでしょう・・・(TT)
どんな演奏するのかも知らないし、知らない曲なら尚更「行ったところでつまんないもん聞かされてもなあ。眠くなっちゃうよ」みたいなテンションになっても私は何も言えません。
(極端な話です)

更にはそんだけチケットが高いと「クラシックぅ?金持ちの道楽でしょう」みたいな見方をされても不思議はありません。


ではメリットは

  • お客さんのマナーがしっかりしている
  • 聞く側のモチベーションも違う
  • 売る側もお客さんを選べる
  • 演奏の質が保証されているということでもある(?)
  • (売る側視点ですが)採算がとれる。

例えば楽章間で拍手をするようなお客さんもいないし、咳だって楽章間でしかしない。(その時のお客さんの音量はフォルティシモw)
よくいらっしゃってる人が多いかね。だからそういうマナーとかがわかるのか・・・


モチベーションの話ですが、例えば。みんな、寝ない。笑
自分であの値段を払ってみた感想は「これだけ高い金払ったんだから、意地でも満足して帰るんだ!」でした。
だって学生で1万円って相当の覚悟です。本来はふらっと「そうだ京都に行こう」みたいなのりでいくコンサートではないかもしれません・・・。

お客さんを(売る側が)選んでいる、というのは。そうそう簡単に出せる値段ではないから。
買ってくれるお客さんに満足してほしいからという施策だと受け取ることもできます。
だって1万円出してチケット買ったのに、隣の人がいびきかいて(!)寝ていたなんてことがあったら、演奏に集中出来ません。


それから、それだけお金を取るということは、値段をつける側だって自信がなければしない。
つまり、しっかりした演奏を聞かせてくれることの保証とも言えるのでは。
何も知らない人が行くならば、やっぱり値段が高い=いいものの証拠という考え方は、安いものが世の中に溢れる今だからこそ、まだあるのではないでしょうか。

それ以外でも、そのプライスをつけるのには意味がある。
今回のスロヴァキアのオケの場合、海外からあんだけの人数を日本に連れてきて、しかもツアーをしようというのなら、それの運搬だ人件費だ諸々のお金がどんどこかかる。

今、舞台芸術概論という授業を取っていて、それのオペラの来日公演(引越し公演という表現してたな)についての授業を受けてから、
ああ、オペラで、しかも海外から人も物も来ようものなら、すごくお金がかかるんだなとしみじみ思ったものです。
だからほにゃららオケが来日!というと、値段が高いのです。
という、台所事情を考えると、恐らくあの値段で妥当なのです。


でも結局近づきがたいのか?

しかし聞く側からすれば、そんな提供側の台所事情なんて関係ありません。
それからマナーについてですが、じゃあそういうものを知らないと入れないのね、ああじゃあいいですみたいな。特に日本人は恥じらうことについてとても嫌がる種族のように思いますから・・・。
来たことがない人にそういう空気を味合わせている可能性がある。

誘ってもらう、あるいは無料券でも貰わない限り、来てくれないかもしれません。


しかし、いい音楽をもっと身近に!というコンセプトで何かやろうと思う人がやはり、いるいる。
それがラ・フォル・ジュルネではないでしょうか。(wikiに飛びます)
ちょっとこの関連書籍を近日読もうと思います。そしたらまたこの話をもう1回掘り起こして書いてみようかなと思ってます。
それまでの私の考えのまとめとして、今日書いてます。

ラ・フォル・ジュルネは、まず一つ一つのコンサートが短いこと、チケット価格もお手頃で、演奏は国内外の一流の演奏家たち。
これが最初やった時には、恐らく「へえ〜面白いわねえ〜」みたいなものだったかもしれませんが、今やクラシックファンをじわじわと増やしている、ひとつの要因になってるのではないかと思います。
毎年コンセプトがあって、それにそってコンサートを連日開催しています。
(例えば今年はロシア音楽がメインでした。私が行ったときは民族のハーモニーと題していたものだったような)

あれはすごい企画だなあと思うし、「普段はクラシックなんてなあ、」と躊躇っている人にも、良い入り口として一役買ってるんじゃないかなあと私は思っています。


「来てもらえればわかる」は言い訳です

だってそれは裏を返せば「来てもらえなければわからない」でしょう。
だから、来てもらえれば・触ってもらえればわかる、というのは一種の言い訳だと思うのです。

そもそも、アジア人である私達が容易に西洋音楽(クラシック)を受け入れるなんて、なかなか難しい話だと思いませんか。
いきなりフランスに行って「歌舞伎根付かせようぜ!」といったって、ふっつーに行ったところで「はあー?」です。
誤解を恐れず言いますが。

来てもらえなければわからない。じゃあどうやって来てもらうのか。どうやってわかってもらうのか。
・・・つーかそもそも何をわかってほしいのか?
それ、本当にはっきりしていますか?

売る側・提供する側が何を強みとし、自分たちのしようとしていることがちゃんと伝えられる、自信があれば、聞く側にだってちゃんと伝わると思うのです。
少なくとも提供する側がそれわかってなかったら、伝わるものだって伝わりません。


さて、今度こそお金の話

最近、どこオケの補助金が減らされただとか減らされるだとか、存続の危機だという声があります。
いやー、実際やっぱりそりゃあ・・・ 存続そのものが危ぶまれるってなると「ちょっと待った!」ってなります。はい。

ただ、これを機会にそういう政府とか市議会とかじゃなくて、違うところが援助すればいいのに、と思う。
あるいは、今まで「誰かがサポートしてくれないと僕らやってられないんで」みたいな姿勢があるんだとしたら、それは変えていかなければならない。
そういう転換期にあるのではないでしょうか。


だってですよ。
ただでさえ日本って大赤字ですよね。
国債だ、年金問題だ、うんにゃらかんにゃら。そんな時にサポートしてもらえる余裕が果たしてあるのだろうか・・・


しかし、以前読んだSONYの故大賀典雄さんの本に、こうある。


今の時代は音楽がもう少し大事にされても良いと思っている。(中略) 音楽が文化として栄えていく為には、きちっと印税を払う仕組みを確保しなければならない。
また、文化事業は誰かの援助が必要である。


大賀さんは元は芸大とか行って、音楽を勉強していましたが、
SONYの盛田さんに影響を受け?、ビジネスの世界に転じた人です。


確かに、大事にされたい。そして文化として栄えたいし、みなさんの隣に音楽があれば幸せです。
が、しかし、最低限の生活が保証されないことには、そこにきちっと印税やらお金を払う仕組みなど確保出来ないし、
そういう仕組などがなければ、今度提供する側である音楽家たちが幸せになれない。



音楽ではありませんが、世界の渡辺謙様(なんでここだけ様なんだよ)はやはり彼の著書の中でこう言っている。


災害や戦争が起こると、真っ先に世の中から消えてしまう職業のひとつに役者は位置している。
小さな明日への夢を作っているだけなのだ。
夢を抱けない、余裕のない社会には存在出来ない。
そんな微妙なところで活かされている。
決して威張れる仕事でもなければ、偉くもない。
だが、何かを伝える事だけは出来る。


なのですよ。音楽家も変わらないと思う。一緒だと思います。


実際、去年のあの地震が起きた時、自分の無力さと、同時にいろんな企業が寄付をしていたり、個人でもとあるCEOがごつっと資金援助をしたりボランティアをしてみたり・・・


ふと思ったことがある。
普段からちゃんと稼いでいたなら、こういう時にそのお金で何か他のことが出来るのではないか。

普段から、正しく儲けていれば、そのお金で誰かを助けたりサポートする事が出来るんじゃないだろうか。
それは災害だけじゃなくて、例えば将来の音楽家なのかもしれないし、それはわかりません。


そしてその音楽家が自分の勉強しているもの、磨いてきたものを発揮しようと、それで食っていこうと思ったら、皆様のサポートが必要です。
法外な値段のコンサートはなかなかそうはありません。実際。
むしろあの値段でも利益がどのぐらい出るのか、謎です。

そしてそのチケットを買ってもらおうと思ったら、まずは最低限の生活をできることが条件で、
そしてみなさんのお金をコンサートなどに充てて頂く必要がある。
そのためには、儲けてもらわないといけない。
日本の経済がしっかりしてて、儲けてもらって、豊かになって頂く必要がある。ほどほど頑張ればいいやじゃこういった文化事業は衰退の一途をたどると言っても過言ではないと。そのように思います。(どこの社長口調だ)


みなさんは儲けて、それでチケットを是非!買ってください。
私たちは皆さんの豊かさに一役買います。


・・・ぁんだよダジャレかよ。


その企業がそれこそ文化事業に援助をしてくだされば、なお嬉しい。
私たちはお金のやりくりのことなど気にせず演奏に集中出来るという。ああセレブ。


そのためには、演奏者側にもやるべきことはたくさんあると思います。
「芸術家は理解されないから」と卑屈になってる場合ではありません。
「聞いてもらえないからわっかんないんだよ」と嘆いてる暇はありません。
「CDが売れないから」と言ってる場合でもありません。


・・・どーも小娘が長々と若気の至りで書かせていただきました。
意見、同意、反対、なんでもいいです、ここまで読んで下さった方、いましたらコメントか何かもらえればとても嬉しいです。
なにせ自分の事を自分でそうそう簡単に評価は出来ない。みなさんは私の鏡みたいなものです。というか、鏡になって頂きたい・・・


長くなりました。このへんで。また明日ー。